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草生い茂り避難路使えない...南海トラフ想定犠牲者「8割減」に疑問符 高齢化も加速、実効性に課題 静岡県地震・津波対策AP推計

 静岡県第4次地震被害想定で推計される南海トラフ巨大地震の犠牲者約10万5千人のうち津波による犠牲は約9万6千人に上る。静岡県は地震・津波対策アクションプログラム(AP)の2022年度までの10年間の取り組みで、防潮堤整備や早期避難意識の向上が進み、想定犠牲者の「8割減」を達成したとする。一方で、高齢化が加速し、過去に整備した津波避難施設の維持管理や改修などの課題が浮かび上がる。専門家は「人口構成の変化を踏まえた検証や点検が必要」と避難の実効性に疑問を呈する。

草が生い茂り使えなくっている避難路=6月下旬、沼津市戸田
草が生い茂り使えなくっている避難路=6月下旬、沼津市戸田
「津波到達時間を意識してほしい」と話す杉山貴勇広野町内会長=6月下旬、静岡市駿河区広野
「津波到達時間を意識してほしい」と話す杉山貴勇広野町内会長=6月下旬、静岡市駿河区広野
草が生い茂り使えなくっている避難路=6月下旬、沼津市戸田
「津波到達時間を意識してほしい」と話す杉山貴勇広野町内会長=6月下旬、静岡市駿河区広野


 6月下旬の沼津市戸田大浦地区。傾斜地に設置された非常階段を上るとさらに高台へと避難する通路があった。草木が生い茂り、手すりの上部だけが見える状態だ。「10年くらい前までは自治会役員で草刈りや清掃をしていたが、今ではすっかり足腰が弱くなってどうしようもない」と、近所に住む服部清さん(79)は高台を見上げる。市に対応を依頼したが、状況は変わらなかった。訓練では、自宅の目の前にあるこの避難階段は使わず、徒歩5分の別の避難場所に逃げているという。
 県内は東日本大震災後に津波避難タワーなどの新たな施設の設置が進んだが、震災前に整備された高台への避難路も多い。海と山に挟まれた場所に集落がある松崎町岩地地区。町によると、避難タワーなどを新たに設ける場所が確保できなかった。避難階段を上がった先の避難地は整備をしたが、急勾配な階段は従来のままだ。「地元から要望があればスロープへの改修も検討するが、今のところ予定はない」(町担当者)。
 県のアクションプログラムの津波対策では、防潮堤など純粋なハード整備だけによる想定犠牲者減を約1万8千人と推計する。約6万2千人と想定被害者減の大部分を占めるのは避難による効果で、避難施設の空白域の解消率(カバー率)と、調査で把握した早期避難意識率81%を勘案して算出している。
 静岡大防災総合センターの岩田孝仁特任教授は「避難の実効性は早期避難意識だけでなく、避難路や避難施設が使える状態にあるかが前提」と指摘し、「揺れが継続している最中でも避難を開始しなければならない。高齢化が進む中、現実は過酷だという認識を行政も住民も改めて持ってほしい」と強調した。

 避難訓練の方法 市町でばらつき
 南海トラフ地震は東日本大震災に比べて津波到達までの時間が短い。避難にかかった時間を計測し、逃げ遅れが発生しないような検証が重要となるが、市町によって実施方法や行政の関わりにばらつきがある。
 県や各市町への取材によると、今年3月の津波避難訓練では、沿岸21市町のうち避難に要した時間を計測する訓練をしたのは15市町だった。このうち、袋井市など8市町で“逃げ遅れ”が発生した。同市は浅羽南地区に地震から19分で10メートルの津波が押し寄せる想定。今回は参加者793人のうち、18人が目標時間に間に合わなかった。市職員の聞き取りで「高齢者の家族と歩いて避難した」「避難の開始が遅れた」などの理由が明らかになったという。
 静岡市駿河区の広野町内会は来年3月の津波避難訓練で初めて時間の計測を行う。以前は、公園に避難し、防災資機材の確認のみだった。杉山貴勇会長(69)は「5~10分で津波が来るという意識を住民に持ってほしい」と経緯を説明する。各家庭で最も近い津波避難場所を決めた上で訓練に臨んでもらうという。
 一方で「訓練の内容は自主防災組織にゆだねている」(静岡市)、「計測しているかは確認していない」(松崎町)などの市町もあり、自主防によって取り組みに差が出ている。県は県の防災アプリの計測機能や個々に避難場所や避難開始のタイミングをまとめた「わたしの避難計画」の活用を促し、地域防災力の足りない点を改善していくとしている。

 <メモ>2022年度末までに、津波避難タワーなど新たに設置した避難施設は、173カ所で計183カ所となった。避難ビルの指定数は197件増えて1317施設。避難施設空白域の解消率は98.1%となった。早期避難意識は今年3月に沿岸21市町への調査を実施。4000通のアンケートを送り、「大地震の発生後、速やかに避難するか」を聞いた。自宅の災害リスクが「津波」と回答した1338通のうち、1081通が「はい(早期に避難する)」との回答だった。

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