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帰省中に能登地震経験「孤立は伊豆でも」 停電、断水の空港で2泊 観光客対応、物資空輸の必要性訴え

 能登半島地震の発生から2月1日で1カ月。石川県能登町出身で沼津市在住の会社員仙座夏子さん(33)は1月1日に高速バスで帰省中、能登空港の近くで被災した。能登半島は各地で道路が寸断されて身動きがとれず、同空港に3日夕方まで身を寄せた。親族は現在も工務店の倉庫での避難生活を続けているという。仙座さんは伊豆半島に10年ほど住んだ経験があり、「伊豆も被災すれば同じように孤立する地域が必ず出てくる。観光客への対応や物資の空輸の対策が必要になる」と危機感を語る。

能登半島地震の発生直後に切れ目が入った道路。仙座夏子さんが乗っていたバスは横転しそうなほど揺れたという=1日午後4時10分ごろ、石川県能登町(仙座さん提供)
能登半島地震の発生直後に切れ目が入った道路。仙座夏子さんが乗っていたバスは横転しそうなほど揺れたという=1日午後4時10分ごろ、石川県能登町(仙座さん提供)

 「怖い。何が起こったのか」―。元日の午後4時10分ごろだった。仙座さんが乗った金沢発の高速バスは能登空港から3キロほど珠洲市方面に向かった能登町内の県道(通称・珠洲道路)を走っていた。スマートフォンの緊急地震速報が鳴り響き、バスは横転しそうなほど激しく揺れ始めた。窓から外を見ると、道路が割れ、亀裂が縦横に入る瞬間を目の当たりにした。
 バスは先に進めず、同空港に引き返すことになった。空港には簡易トイレなどの備蓄品はあったものの、2日まで停電と断水が続いた。スマホの電波も入らなかったため、災害の情報が全く入らない状態で過ごした。
 仙座さんが家族や親族らに聞いた情報によると、正月で帰省者が多く、避難所では食べ物を中心に備蓄品が不足する地域があった。自宅が半壊した能登町の家族も地元中学校の避難所が人であふれかえって入れず、屋外での避難生活を強いられたという。
 仙座さんは大学卒業後、伊豆市のコミュニティーFM局に就職。9年間勤め、故郷の能登半島にも似た伊豆の住民の温かさや、食と自然の魅力に触れた。「伊豆半島で災害が起きたら住民だけでなく観光客へのケアを考える必要もある」と訴えた上で「能登半島ではグラウンドのひび割れでヘリが着陸できないところがあった。さまざまな事態に備えて複数の候補地を用意しておくのも大切では」と愛する“第二の故郷”の対策を願った。
(社会部・小沢佑太郎)

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