失われた安全 酷暑のバス、消えた命【届かぬ声 子どもの現場は今①/序章 川崎幼稚園㊤】

 2022年9月5日の午後2時10分ごろ。牧之原市の認定こども園「川崎幼稚園」は降園時間を迎えていた。園の送迎バスが細い道を後進ギアで入ってくる。園児が待つ園舎の前まで。いつもならゆっくり、真っすぐ。ただ、その日は違った。

事件当日の川崎幼稚園。複数のミスが置き去り死を招いた=2022年9月、牧之原市静波
事件当日の川崎幼稚園。複数のミスが置き去り死を招いた=2022年9月、牧之原市静波

 「大変!」。慌てたようにふらつきながら後進してきたバスから、助手席の窓を開けて運転手が叫んだ。年少クラスに通う河本千奈ちゃん=当時(3)=が、前から3列目付近に倒れていた。
 朝の登園後にバスが駐車場に止まって約5時間。その日は近くのアメダス観測点(静岡空港)で最高気温30・5度を観測する真夏日だった。車内に閉じ込められた千奈ちゃんは発見からおよそ1時間半後の午後3時34分、死亡が確認された。死因は熱射病。熱中症の中でも重度の部類だった。
 園児を安全に送り迎えするはずのバスでなぜ、幼い子の命が奪われてしまったのか。
 千奈ちゃんが乗っていたバスは通称「きりんバス」。合奏を楽しむ動物の絵が車体全体を覆うように施され、ドアの所にハープを手にしたキリンが描かれていた。午前8時50分ごろ、千奈ちゃんら園児6人を乗せて園に到着。乗務員として同乗した市シルバー人材センターの派遣職員が低年齢児の手を引いて園児を降ろし始めた。いつもならこの時、バスの運転手は車内に残る園児に降りるよう優しく声をかけつつ、忘れ物を確認したり、座席を消毒したりする。
 ところが、当日運転席に座ったのは当時の園長(73)だった。園のバスはきりんバスを含めて3台。他のバスの運転手が休んだ関係で、本来のきりんバスの運転手が別のバスに回り、園長が代役を務めることになった。
 同園はバスを利用する園児に、園に着いたら車内で荷物を整え、指示があるまで座席で待つよう教えていた。千奈ちゃんはこの教えをしっかり守り、座席にとどまって運転手に促されるのを待っていたとみられる。園長は園舎から約240メートル離れた駐車場にバスを止めた後、車内を確認することなく施錠。その場を立ち去った。
 年少クラスでは午前9時50分に朝の会が始まっていた。担任と副担任はいつものように出欠席の確認を兼ねて園児に好きなシールを選ばせ、それぞれの手帳の日付に貼らせた。2人は千奈ちゃんがいないことに気付きながら、保護者や同僚に確認をしなかった。
 複数のミスを重ねた同園。5カ月後の2月6日、牧之原市は原因や再発防止策を協議する第三者の検証委員会を設置した。委員長の永倉みゆき静岡県立大短期大学部教授(64)は園全体を検証する必要性を明言した。「どのような組織の動き方だったか、問わないわけにはいかない」
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 牧之原市の認定こども園「川崎幼稚園」で園児の河本千奈ちゃんが送迎バスに置き去られ、熱中症で死亡した事件は5日、発生から半年を迎える。助けを求める千奈ちゃんの声はなぜ届かなかったのか。事件につながった問題点や背景を探る。

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