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憲法が照らす再審の課題 あるべき姿は【最後の砦 刑事司法と再審】

 裁判をやり直すための再審請求手続きを巡り、日本国憲法の理念に照らして法の不備を指摘する声が上がっている。静岡新聞社が18歳以上の県民570人を対象に行った憲法意識調査では、6割近くが法制度を整えるべきだと回答している。問題の所在を探り、あるべき姿を考えた。

「憲法と人権を考える集い」で再審法制の課題を議論する弁護士や研究者=2022年12月18日、京都市内
「憲法と人権を考える集い」で再審法制の課題を議論する弁護士や研究者=2022年12月18日、京都市内
再審判決までの流れ
再審判決までの流れ
あるべき再審法について提言する大学生=2022年12月、京都市内
あるべき再審法について提言する大学生=2022年12月、京都市内
「憲法と人権を考える集い」で再審法制の課題を議論する弁護士や研究者=2022年12月18日、京都市内
再審判決までの流れ
あるべき再審法について提言する大学生=2022年12月、京都市内

 格差解消へ請求審規定必要
 「今の再審制度は憲法の理念に合っていない」。日本弁護士連合会の再審法改正実現本部(本部長・小林元治会長)で本部長代行を務める鴨志田祐美弁護士(京都弁護士会)は取材にそう強調する。
 再審法とは、刑事訴訟法の第4編再審を指す。現行の刑訴法は戦後、日本国憲法のもとで制定された。500を超える条文のうち、再審に関する規定は19カ条に過ぎない。憲法39条は、既に無罪とされた行為や同一の犯罪について重ねて刑事上の責任を問われないとした。これを受け、戦前の旧刑訴法で認められていた無罪判決が確定した人を有罪にするなどの「不利益再審」が廃止され、無実の人の救済という目的が明確化。しかし、それ以外は旧刑訴法の規定をそのまま引き継いだ。
 鴨志田弁護士は「再審は刑事司法の中で、憲法のうたう『個人の尊厳』を全うできる最後の機会になった。なのに条文が戦前から変わっていないミスマッチが、そもそも問題の始まり」と説明する。
 再審制度は、再審開始の可否を判断する再審請求手続きと、再審公判手続きとの2段階構造になっている。現行の刑訴法は公判手続きで「当事者主義」をとっているが、再審請求手続きでは裁判官が主導する「職権主義」が残された。再審請求審をどう進めていくかの規定さえないため、裁判官の取り組み姿勢によって「格差」が生じているのが現状。また、請求審が事実上の主戦場になっている。
 日弁連は2019年の人権擁護大会で、再審法の速やかな改正を求める決議を全会一致で採択した。提案理由では「再審格差」の現状を踏まえ、適正手続きの保障を定めた憲法31条や、迅速な公開裁判を受ける権利を保障する憲法37条1項が実現されているとは言いがたい、と訴えた。
 一家4人を殺害したとして死刑が確定した袴田巌さん(86)の第1次再審請求審は、申し立てから最高裁で請求が棄却されるまでに約27年間を費やした。第2次請求審は14年に静岡地裁が再審開始を決めたものの、検察側の即時抗告によって8年以上が過ぎても確定していない。「名張毒ぶどう酒事件」で1度は再審開始が認められた奥西勝死刑囚は、第9次再審請求審の途中で89歳で獄中死した。
 鴨志田弁護士は「実はこれまで刑事法学者や弁護士は、再審法を刑事手続きの問題として捉えてきたところがあった。憲法に照らして変えていくという問題意識が薄かった」と明かす。その上で「憲法の光を照らすことで視界がクリアになり、理想との距離を測ることができる」と説く。

 証拠開示や検察官上訴 大学生 法改正を訴え
 再審法に証拠開示の規定がなく、再審開始決定に対する検察官の抗告が許されていることが、再審の流れを詰まらせている―。京都弁護士会主催の「第52回 憲法と人権を考える集い」が22年12月、京都市内であった。大きなテーマは再審法の改正。弁護士や研究者が課題を議論し、立命館大と同志社大の学生が提言を披露した。
 大学生は研究の一環で22年9月、袴田さんと姉ひで子さん(89)を浜松市の自宅に訪ねた。長期間身柄を拘束されてきた影響が現在も色濃く残っている袴田さんの姿に、同志社大1年の石川愛麻さん(18)は「空想の世界を創ることが、袴田さんに唯一許された(死刑執行の恐怖から)自分を守る方法だった」と痛感したという。
 再審無罪確定事件も調べた学生たちは、捜査機関側が「存在しない」などと答えた無罪方向の証拠が再審請求審や再審公判段階で明らかになるケースがあることを挙げて「証拠の管理があまりにいいかげん」と批判。「いったん終了した事件の証拠は全て第三者機関が保管し、弁護人らに開示する体制を整えるべき」と提案した。
 鹿児島県の「大崎事件」で無実を訴え続けている原口アヤ子さん(95)の例を引き合いに「3度も再審開始決定が出ているのに、1度も再審公判にたどり着けない。ドイツでは半世紀前に(検察官の抗告が)禁止されている。不満があるなら再審公判で反対すればいい」とも主張した。
 学生の発表を受けたパネルディスカッションで、甲南大の笹倉香奈教授(刑事訴訟法)は、検察内部に有罪判決を検証する部門が誕生していることなど米国の事例を紹介。抗告を繰り返す日本の検察の姿勢を「むしろ、真実の発見を阻害している」と疑問視した。

 身近な題材発信 関心を高める鍵
 静岡新聞社の憲法に関する県民意識調査では、「再審法制を整えるべき」との回答は57・9%だった。「整える必要はない」は6・7%にとどまる一方、「分からない」は33・9%に上っている。
 再審法の改正を実現するためには世論の後押しが欠かせない。裁判員裁判の導入で市民が刑事司法に関わるようになったが、誰にも冤罪[えんざい]に巻き込まれる可能性があることを自覚している人は少ないだろう。
 再審への関心を高めるにはどうしたらいいのか。京都弁護士会主催の集いにパネリストの一人として参加した鴨志田弁護士は「ヒントになるのが今回の企画」と力を込める。
 同弁護士会は集いに合わせ、パソコン遠隔操作事件で誤認逮捕された大学生をモチーフにしたドラマ仕立ての映像をつくり、上映した。殺人事件などとは違い、日常の暮らしに身近な事件を題材にすれば、より自分事として捉えてもらいやすいとの狙いがあった。
 「いざ有罪判決を受けると、冤罪を晴らすのに何十年も掛かる。恋愛や結婚を考えられないぐらい長い時間、自由を奪われる。その体験はできなくても、疑似体験はできる」と鴨志田弁護士。「イマジネーションをかき立てる機会を用意していくことが大事」と話す。

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