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元市長 揺れた供述「うそをついた 謝りたい」【旧天竜林高事件15年㊦】

 「現金を入れた封筒を用意したのは当日の朝」「差し出した封筒を押し返されたが、テーブルに置いて校長室を出た」。大学入試を巡る調査書改ざんに端を発した事件は、自治体トップを4期務めた元天竜市長(91)が絡む贈収賄事件に発展した。元市長は取り調べの中で、元校長(75)に現金を渡したと自白した上で、その時の状況や心境のほか、使用した封筒の種類に至るまで詳細に供述した。
 捜査に当たったのは、県警捜査2課の県西部地域を担当する特捜班。県警OBによると、緻密で強力な捜査に定評がある捜査官たちだった。県教委からの刑事告発を受けて本格捜査が始まったのは2008年7月下旬ごろ。当時の捜査関係者は「校長が教諭に改ざんを指示した」と主張。「背景には元市長からの依頼があったはず」と見立て、見返りとして現金授受が行われた可能性もある-との構図で捜査が進んだ。
 元校長が一貫して容疑を全面否認し、調書の作成にすら応じない態度を見せる中、元市長は任意の取り調べ開始から約3週間後に贈賄を認めた。この供述が証拠の柱になり、元市長は略式裁判で罰金刑を受けた。元校長は1年近くに及ぶ勾留の後に静岡地裁浜松支部で執行猶予付き有罪判決を受け、10年に最高裁が上告を棄却して判決は確定した。
 ところが元市長は14年になって「自白は虚偽だった」「厳しい取り調べに耐えられず、警察が描いたストーリー通りに供述してしまった」と公表。元校長に謝罪した上で、元校長の再審請求に協力する意向を示した。再審請求の過程で検察が開示した元市長の取り調べメモでは、任意段階から2カ月近くにわたってほぼ連日の取り調べが行われ、自白した後も複数回、否認に転じていたことが分かった。元市長が「現金は渡していない」と否認するたび、県警の取調官が「どうしてうそを言い続けたのか」「自分でやったことから逃げるのか」などと追及する様子も記録されていた。
 90歳を超えた元市長は6月、浜松市内の病院で取材に応じた。家族によると、認知症の症状が出始めているというが、「とにかく県警の警察官の取り調べがつらかった」「(周囲の関係者に)うそをついたことを謝りたい」と当時の記憶と現在の思いを力強く語った。
 明確な事実として残る証拠は「調査書が改ざんされた」ことなど数少なく、物的な証拠が乏しい事件。特捜班の一員として捜査に関わった県警OBの一人は、有罪確定後も長く尾を引く展開に「調査書改ざんの指示があったことは間違いないと考えている」と強調する一方、「贈収賄については当時の元市長の自白を受けて裏付け捜査を進めたが、物証は出なかった」と複雑な思いを吐露した。
 (経済部・垣内健吾、浜松総局・岩下勝哉が担当しました)

 

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