テーマ : 裁判しずおか

社説(10月28日)袴田さん再審開始 審理尽くし早期結審を

 現在の静岡市清水区で1966年6月に起きた、みそ製造会社専務の一家4人が殺された事件で、強盗殺人罪などで死刑が確定した袴田巌さん(87)の裁判やり直し(再審)が静岡地裁で始まった。
 初公判では、検察側が改めて袴田さんの犯行だとして有罪を求め、弁護団は有罪立証を放棄すべきと訴えた。罪状認否では、出廷を免除された袴田さんに代わって姉ひで子さん(90)が補佐人として法廷に立ち、無罪を主張するとともに「弟に真の自由を与えてほしい」と訴えた。
 事件発生から約57年。最高裁での死刑確定からも約43年が経過し、あまりにも年月がかかりすぎた。長期の収容によって袴田さんには意思疎通が十分にできない拘禁反応が残った。袴田さんを法廷に立てない状態にしてしまった司法の責任は重い。検察側、弁護団ともに審理を尽くすことは当然だが、裁判は丁寧かつ迅速に進める必要がある。

 地裁は初公判を含めて年内に5期日を指定。年明け後も審理が続く。ただ、結審は新年度にずれこむという見方がある。袴田さんの年齢や健康状態を考えると悠長に構えていることはできない。
 検察側は冒頭陳述で、みそ工場従業員だった袴田さんが犯行に及ぶことは可能だったとした。確定判決が犯行着衣と認定し血痕が付いた「5点の衣類」は、袴田さんの物であり、「犯行時に着用した」「血痕の赤みは残り得るためみそタンクに隠したことと何ら矛盾しない」とした。
 一方、弁護側は有罪判決が得られるか不安になった警察や検察が証拠を捏造[ねつぞう]したと指摘。袴田さんの人生を奪った責任は捜査機関だけでなく、弁護人や裁判官にもあるとして「再審で本当に裁かれるべきは冤罪[えんざい]を生み出したわが国の司法制度だ」と強調した。
 再審でも争点となっている衣類は、事件から約1年2カ月たってから現場近くのみそタンクで見つかった。発見された時には既に袴田さんの裁判が始まっていた。袴田さんが事件直後に隠したのなら、その間ずっとみそタンクに漬かっていたことになる。
 再審請求審では、衣類に付いた血痕に赤みが残っていたため、長期間みそ漬けされた血痕が変色するかどうかが争われた。弁護団の言うように時間の経過とともに赤みが消えるのなら、みそタンク投入から時間が経過していないことになり、袴田さんが逮捕された後に別の何者かがみそタンクに入れた疑いが生じる。

 今年3月の東京高裁決定は弁護団の専門家による鑑定などを踏まえ、1年以上みそ漬けされた衣類に付いた血痕の赤みが消えることは、化学的な仕組みから「合理的に推測できる」と判断。「確定判決の認定には合理的疑いが生じることは明らか」とした上で捜査機関による証拠捏造の可能性にまで言及した。
 検察側は長期間のみそ漬けでも赤みが残る可能性を示す必要があるが、弁護団が「蒸し返し」と指摘するように、再審請求審で赤みが残ることは否定された。新たに納得できる証拠を示せるのか。
 事件の約2カ月後に逮捕された袴田さんは、静岡地裁での初公判で無罪を主張。しかし、1980年12月に最高裁で死刑が確定した。第2次再審請求審で静岡地裁は2014年3月、再審開始を決め、袴田さんは約48年ぶりに釈放された。ようやくつかんだ開始決定だったが、検察側が即時抗告して再審が遠のいた。
 逆に東京高裁は再審開始を認めなかった。健康状態を考えて拘置は停止したままとしたが審理は続き、最高裁から差し戻された東京高裁が今年3月、検察側の即時抗告を棄却して2度目の再審開始が確定した。これまで袴田さんの人生は司法制度に翻弄[ほんろう]され続けたといえよう。加えて、初動捜査が十分でなかったことも明らかだ。決め手となる証拠がないまま捜査を進めて、袴田さんと家族を苦しめたことへの反省が求められる。

裁判しずおかの記事一覧

他の追っかけを読む
地域再生大賞