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あしき「当然抗告」 証拠評価絶対と思い込み 元検事・市川寛弁護士【最後の砦 刑事司法と再審/番外編 インタビュー㊤】

 東京高裁は13日、一家4人を殺害したとして死刑判決が確定した袴田巌さん(87)の裁判をやり直すこと(再審開始)を認めた。高裁の決定を不服として検察が最高裁に特別抗告するかが焦点だ。元検察官の市川寛弁護士は「今の検察庁は、再審請求事件は必ず最高裁まで争うという方針を立てているとしか思えない」と指摘する。

市川寛さん
市川寛さん

 ―高裁決定の印象は。
 「特別抗告される可能性を意識し、最高裁でも決定を守り切れるよう、丁寧に丁寧に一つずつ検察の主張を蹴っている。(審理不尽の違法を理由に高裁に差し戻した)最高裁の問いに十二分に答える決定になっている」
 ―大阪高裁が2月に「日野町事件」の再審開始を認める決定を出したが、検察は特別抗告した。近年、同様の対応が続いている。
 「『大崎事件』の第3次再審請求のとき、最高裁は検察の特別抗告を『理由がない』としながら再審請求を蹴って、検察を救った。あしき判例ができ、事実上、理由がなくても抗告する流れがある」
 ―検察にとって再審請求事件とは。
 「検察は原則的に、有罪を確信して起訴する。確定判決という裁判所のお墨付きでいっそう強固になり、絶対に動かしてはいけない『真実』になる。世間で冤罪(えんざい)と言われる事件も『悪いやつが悪あがきしている』というスタンスではないか。間違いがあるなら再審に至る前に分かるはずで、そうでなければ三審制が崩れてしまうという発想」
 ―なぜ、裁判が始まる前の起訴時点で有罪だと決め込むのか。
 「被疑者・被告人に有利な証拠も吟味した上で、決裁で上司のチェックも受けているから盤石な事実認定だと自信を持つ。ただ、私に言わせればフィクションだ。法律家を自任する検事の本質は犯罪捜査官。被疑者・被告人に有利な証拠はどうしても過小評価する」
 ―検察は裁判所への未提出証拠を開示することにも否定的だが。
 「理由は大きく三つある。まず、有利な証拠は自分で集めろという考えが根底にある。第二に、検察の証拠評価は絶対だと独善的に思い込んでいる。第三に、証拠を見せると新しい弁解が作られると考えている。敵に塩を送るようなことはするなと教育されている」
 ―再審法(刑事訴訟法の再審規定)で認められているからこそ抗告する一方、法に規定がないがゆえに証拠開示に後ろ向きなのか。
 「検察官は都合のいいときだけ行政官になる。抗告できると条文に書いてある以上、するのが当然だと。証拠開示は法に定めがないから、する必要がないとうそぶく。けれど、ルールができれば変わらざるを得ない。むしろ、現場の検察官は手間が省けて楽になる」

 <メモ>日野町事件は、滋賀県日野町で1984年に酒店経営の女性が殺害されて手提げ金庫が奪われた。大阪高裁は2023年2月、大津地裁に続き、無期懲役が確定し服役中に病死した元受刑者の再審開始を認めた。大阪高検は3月、最高裁に特別抗告した。
 大崎事件は、鹿児島県大崎町で1979年に男性の遺体が見つかった。無実を訴えながら殺人罪などで懲役10年が確定し、服役した原口アヤ子さん(95)の第3次再審請求審で鹿児島地裁と福岡高裁宮崎支部は再審開始を認めたが、最高裁は2019年に再審を認めない決定を出した。

 いちかわ・ひろし 1965年、神奈川県生まれ。93年に検察官を任官し、横浜、大阪地検などに勤務。佐賀地検時代に自白を獲得するために被疑者に暴言を吐いたことなどを法廷で証言し、2005年に辞職した。07年、弁護士登録。

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