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社説(9月7日)京アニ事件公判 惨劇防げなかったのか

 菊川市出身の大村勇貴さん=当時(23)=ら36人が亡くなり、32人が重軽傷を負った2019年7月の京都アニメーション放火殺人事件で、殺人罪などに問われた青葉真司被告の裁判員裁判が京都地裁で始まった。事件から4年余り。初公判で車いすに乗って出廷した青葉被告は「自分のしたことに間違いありません」と起訴内容を大筋で認めた。
 物事の善悪を判断する刑事責任能力の有無や程度が最大の争点。弁護側は、事件当時は責任能力がなかったとして無罪を主張した。これに対し検察側は「完全責任能力があった」とし、被告は京アニの小説コンクールに応募し、アイデアを盗まれたと一方的に恨みを募らせたと主張した。
 被告は真摯[しんし]に真実を語らなければならない。加えて被告が社会的に孤立し、凶行に及んだ詳しい経緯の解明が待たれる。被告は過去に強盗事件を起こしたことがあり、精神障害があったため、出所後に更生と再犯防止を目的とする行政や医療・福祉の支援対象になった。近年、自殺や犯罪につながることが多い「孤独・孤立」が大きな社会問題となっている。
 被告は「こうするしかないと思った」とも述べた。惨劇は防げなかったかという視点で、具体的にどのような支援が行われ、それが十分だったかどうかについて審理を踏まえて検証と議論を重ね、孤独・孤立対策に生かさなければならない。
 検察側と弁護側は通常1回の冒頭陳述を、それぞれ3回ずつ行う。これに沿って審理が進められ、裁判員らは非公開の評議で11月に責任能力について結論を出した後、量刑を決める。判決の言い渡しは来年1月25日。裁判員裁判としては、143日間に及ぶ異例の長期審理となる。
 その中で動機などとともに注目したいのは、事件に至るまでの経緯だ。青葉被告は08年のリーマン・ショックのさなか派遣切りに遭って仕事と住まいを失い、雇用促進住宅に入居。家賃未納を繰り返し、大音量で音楽を流すなどして近隣住民とトラブルになったという。12年にコンビニ強盗で逮捕され、実刑判決を受けた。出所後は、いったん更生保護施設に身を寄せ、16年夏ごろ事件当時に住んでいた、さいたま市内のアパートに移った。生活保護や訪問看護も受けていたとみられる。
 そうした中、京アニのせいで人生がうまくいかないという「筋違いの復讐[ふくしゅう]」を決意したと検察側は述べた。どこかで思いとどまらせることはできなかったか、行政などの対応に改善の余地はないかと、問いは尽きない。5月末、孤独・孤立対策推進法が成立し、来年4月に施行される。対策強化は待ったなしだ。

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