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意見は結論後、不満の遺族 京アニ事件結審 責任能力は非公開で評議

 京都アニメーション放火殺人事件の裁判は検察側が死刑を求刑し、7日結審した。青葉真司被告(45)は法廷で妄想に基づく発言を繰り返した一方、「後悔」や「良心の呵責(かしゃく)」も口にした。最大の争点となった刑事責任能力について、非公開で裁判員らが結論をまとめた後で、遺族らの意見を聞く形となった今回の公判。遺族の一部からは「全てが決まった後では…」との不満も漏れる。

最終意見陳述をする青葉真司被告(イラストと構成・田村角)
最終意見陳述をする青葉真司被告(イラストと構成・田村角)
京アニ放火殺人事件の審理の流れ(概要)
京アニ放火殺人事件の審理の流れ(概要)
最終意見陳述をする青葉真司被告(イラストと構成・田村角)
京アニ放火殺人事件の審理の流れ(概要)


 善悪の判断
 「付け加えて話すことはございません」。7日の京都地裁。最後に意見を求められた被告は淡々と述べた。
 公判では、京アニに当初は憧れを抱いていた被告が、京アニの小説コンクール落選やアイデアを盗用されたと思ったことなどから放火を決意した経緯が明らかになった。
 被告は落選や盗用は、世界中に人脈を持ち、公安警察にも指示できる「闇の人物」「ナンバー2」の意向があったからだと主張。事件は「ナンバー2に『付け狙うのをやめてくれ』というメッセージだった」と話すなど、妄想の影響が色濃くにじむ説明を連発した。
 一方で、放火直前に実行するかどうかを十数分間考えたことも明らかに。「良心の呵責を抱えたままでいた」ためで、責任能力の重要な判断要素となる「善悪の判断」ができていた可能性もうかがわせた。

 審理の順番
 「こんなに幼稚で独りよがりな男の勝手な思い込みでたくさんの命が奪われた」「極刑を望む」
 11月27日から行われた量刑に関する審理では、被害者参加制度を利用して法廷に立った遺族が意見を述べた。家族を失ったやるせなさや被告への非難があふれた中、「遺族の心情がまるで無関係ともいうような審理の順番だ。遺族を軽視するなら、機械が審理すればいい」と訴えた人もいた。
 公判は①事実関係②責任能力③量刑-の順番で審理。量刑の審理前に裁判員らが非公開の中間評議を行い、責任能力の結論を出した。結論の内容は判決まで公開されない上、「暫定的なもので、審理状況によって覆すことは可能」(ベテラン裁判官)とされる。
 ただ、裁判の行方を左右する最も重大な論点に関する判断をした後に、被害者の意見を聞く流れとなったため、別の遺族も「すべてが決まった後の意見陳述であり、名前だけの『被害者参加』のように感じる」といら立ちを吐露する。

 検証が必要
 3段階の審理方式は裁判員が理解しやすくするための裁判所側の工夫とされる。論点を整理し、遺族らの処罰感情に過度に影響を受けることを避ける狙いだ。
 遺族だけでなく、有罪立証を目指す検察側からも異論が出る。ある幹部は「裁判員は一般人だから感情に引きずられると思うのだろうか。違和感がある」と話す。対する弁護側は12月6日の公判で「刑事責任を問えるのかという審理に、感情や『死刑になるべきだ』という価値判断が持ち込まれるべきではない」と改めて意義を強調した。
 甲南大の渡辺修特別客員教授(刑事訴訟法)は「責任能力は鑑定結果を踏まえて冷静に判断する。他方で量刑審理には被害者や遺族が加わり、人間味あふれた法廷となるのが裁判員裁判のあるべき姿だ」と指摘。今回の審理方式を「優れた取り組み」と評価するが「感情に流されなかったかどうか、事後に検証する必要がある」と話す。

 Q&A 被害者参加制度 被告に質問 量刑意見も
 京都地裁で開かれた京都アニメーション放火殺人事件の裁判員裁判では、遺族側が被害者参加制度を利用して法廷に立ちました。
     ◇
 Q 被害者参加制度とは何ですか。
 A 事件の被害者や遺族が刑事裁判に出席し、被告や証人に直接質問したり、法律の適用や量刑について意見を述べたりすることができる制度です。2008年12月に始まりました。
 Q なぜ導入されたのですか。
 A 被害者や遺族の「裁判のいきさつや結果を見守りたい」「裁判に関わりたい」という思いを尊重し、被害者支援の一環として導入されました。一方で「被害者の意見が過度に重視され、証拠に基づく事実認定や量刑に影響を与える」といった慎重論もありました。
 Q どんな事件が対象ですか。
 A 殺人や傷害などの重大犯罪のほか、死傷者が出た交通事故も対象です。検察官を通じて申請し、裁判所が許可します。代理人の弁護士を依頼することもできます。
 Q 制度はどれくらい利用されていますか。
 A 司法統計年報によると、22年は一審の事件で延べ1496人から申し出があり、ほとんどが許可されました。

 論告 京アニ放火殺人事件 要旨 最終弁論
 京都アニメーション放火殺人事件の検察側論告の要旨は次の通り。
 【結果の重大性】
 事件の結果があまりにも重大。日本の刑事裁判史上、突出して多い被害者数だ。当然ながら被害者に一切の落ち度はなく、地獄さながらの状況にさらされた恐怖、絶望感は筆舌に尽くしがたい。
 【計画性】
 早い段階から準備を整えた犯行で、生命侵害の危険性が高いとともに生命軽視の度合いが大きく、行為に対する非難が高まる。多くの人を殺せるよう過去の事件を参考にガソリンを用いた放火という手段を選択し、多数の人が働いている第1スタジオを犯行場所に選択した。計画的で極めて危険、誠に残虐非道で社会的影響も大きい。
 強固な殺意に基づき、確実に大量殺人を実現するために、犯行の手段、方法、場所、時間を綿密に計画し、周到な準備を重ね実行した。
 【動機と妄想の影響】
 小説家を志し「これ以上ない努力」をして書き上げた「最高のシナリオ」が京アニ大賞に落選した。うまくいかない人生の責任を京アニに転嫁した。理不尽そのもので、身勝手極まりない。
 「京アニに(アイデアを)盗用された」という妄想が動機の形成に影響しているが、この妄想は現実ベースで生じた筋違いの恨みを強化した程度だ。動機に妄想が影響した程度も限定的だ。極刑回避の理由にはならない。
 【処罰感情】
 遺族と被害者の処罰感情は峻烈(しゅんれつ)で厳罰希望は当然であり、十分に考慮すべきだ。遺族らが受けた衝撃、怒り、悲しみは察するにあまりある。
 【社会的影響】
 世界中にファンを持つ京アニの社屋が燃え、社員が犠牲になったという事実が発生直後から報道され、社会を震撼(しんかん)させた。決して許されないことを毅然(きぜん)と示す重要性は大きい。
 【情状】
 反省の弁を述べるも極めて表面的に過ぎず、皮相的で慰謝の措置もない。被告に有利に考慮できる事情は全くない。
 【求刑】
 被告に死刑を求刑する。

 弁護側最終弁論の要旨は次の通り。
 【死刑の残虐さ】
 憲法は残虐な刑罰を禁止している。青葉真司被告(45)はやけどにより皮膚が薄くなっている。絞首刑では、窒息するまで苦しむかもしれず、苦痛で残虐な刑罰となる可能性がある。
 【責任能力】
 責任を非難できない人を処罰することはできない。青葉さんは妄想の世界で生き、事件を起こした。今は新たな妄想にさいなまれていない。拘置所で3年以上にわたり服薬して規則正しく生活し、穏やかな人間関係を築けるようになっている。法廷では質問者の期待に応えようとしていた。
 事件前の4カ月間は服薬せず、長期にわたり幻聴などに苦しんでいた。過去に統合失調症と診断され刑務所にも入っていたが、病気の説明はなかった。妄想により他人との関わりが困難で、人間関係が崩れていた。やられたらやり返すという考えで生きており、犯行時にも「死ね」「クソが」などと発していた。事件当時、仮に心神耗弱ではないとしても、心神耗弱に近いところまで責任能力が大きく減退していた。
 【建物の構造】
 36人が亡くなる事態は被告の想定外だった。青葉さんは建物に何人いるのかは知らず、2階や3階まで火が上がるとは予期していなかった。建物内の人数や構造を十分に分かった上で放火したのと比べ、非難の度合いは異なる。建物の構造が違えば結果が異なったかもしれないことを度外視するべきではない。
 【死刑の選択】
 人生は偶然の産物だ。青葉さんは順風満帆とはいえない人生を歩んだ。最終的には環境や妄想が最悪の方へ分岐を選ばせていった。
 死刑がある理由を考えてほしい。死刑に(殺人などを)食い止める効果はなく、死刑があることで、自殺願望がある人が重大事件を起こす可能性もある。遺族の処罰感情は十分にくみ取られるべきものだ。だが、処罰感情が峻烈(しゅんれつ)だからといって死刑にしてはいけない。
 青葉さんには改善可能性がある。服薬で精神が安定し、病識も芽生え始めた。裁判からも逃げず、責任を果たそうと一貫して質問に答えている。
 【結論】
 青葉さんは心神喪失によって無罪となるか、心神耗弱として刑を減軽すべきだ。心神耗弱に当たらなくても、死刑を選択すべきではない。

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