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「捏造」是正へ検察威信 袴田さんの有罪立証方針

 袴田巌さん(87)の再審公判で検察側が10日、有罪を主張する方針を決めた。3月の再審開始決定で裁判所から「証拠の捏造(ねつぞう)」の可能性にまで言及されながら、特別抗告を断念したことに内部から不満が噴出。死刑事案の中でも「象徴的」(検察幹部)とされる著名事件で、弁護側と半世紀余り対峙(たいじ)してきた検察の威信をかけて3カ月余り証拠を精査してきた。ただ無罪となる公算は大きく、組織内からは諦めの声も漏れる。 photo03 袴田巌さんの再審の流れ
無罪公算も 精査こだわる  「全く問題のない事件だと引き継がれてきた」。複数の検察関係者は危機感はなかったと口をそろえる。ところが東京高裁は3月13日、再審開始を決定し、「犯行着衣」とされる衣類5点の証拠を捜査機関側が捏造した可能性が高いとまで踏み込んだ。
 特別抗告を求める意見が根強い中、断念は甲斐行夫検事総長や畝本直美東京高検検事長が決めたとされ、“身内”にも衝撃が走った。憲法違反や判例違反の要件に該当しないことが理由だが、内部からは「世論を考慮した」「象徴的な事件だけに再審請求中の同種事案への影響も大きい」との批判が出ていた。

 ■確信
 特別抗告は断念したが、有罪立証ができるかどうかは検討を続ける-。不満が渦巻く中、検察の方針が定まった。ただ、4月の第1回3者協議では具体的な方向性を示せず、7月までの「猶予」を求めた。「全証拠を見直す」という膨大な作業を進め、有罪立証方針を静岡地裁に示したのは期限と定めていた10日ぎりぎりだった。
 衣類5点は事件から約1年2カ月後、袴田さんの勤務先だったみそ工場のタンク内から見つかった。赤みがあった血痕の変色状況が争点となり、高裁決定は「みそに長期間漬けた場合、赤みは残らない」とした弁護側鑑定の信用性を認めた。
 補充捜査で検察側はいったん「決着」がついた赤みにこだわった。ある検察幹部は「赤みの評価をどうするか、ずっと検討してきた」と明かす。検察側は10日に示した立証方針で、自らのみそ漬け実験では、血痕に赤みが残る例が多数観察されていたことを強調。弁護側の見解では説明できない事象があるとした。別の幹部は「虚心坦懐(たんかい)に証拠を見直し、有罪だという確信が持てた」と話す。

 ■迅速
 再審開始は「無罪を言い渡すべき明らかな証拠」があった時と法律で規定されているだけに、捜査の担当者は「捏造の認定は是正しないといけない。でも無罪になると思う」と苦しい状況を吐露。法曹関係者の多くも再審無罪の公算は大きいと見る。
 時の流れから証拠補充は難しい。実際、検察の立証方針は「関係証拠の総合評価」で目新しさはない。袴田さんの弁護団は「到底立証になっていない。こんなことで時間を費やすのはやめてほしい」と訴える。
 滋賀県の病院で患者を殺害した容疑で2004年に逮捕され懲役12年が確定、出所後に再審開始が決まった女性の場合も検察側は有罪立証の方針だった。だが初公判前に一転し「裁判所の認定を覆すに足りる証拠の提出は困難」とし、有罪立証を断念し、20年3月に大津地裁が無罪判決を言い渡している。
 関係者によると、静岡地裁は東京高裁にあった訴訟記録を早々に取り寄せたという。ベテラン裁判官は「紆余(うよ)曲折をたどった事件だし、袴田さんは高齢。裁判所としてはできるだけ迅速に審理したいだろう」と話した。  検察主張の要旨  旧清水市(静岡市清水区)の一家4人殺害事件の再審公判での検察側による有罪立証の主張方針の要旨は次の通り。
 【事件の概要】
 1966年6月30日、旧清水市(静岡市清水区)のみそ製造会社専務宅に何者かが侵入し、専務らを刃物で刺して現金などを奪って放火、4人を殺害した。同社のみそ工場の側溝から血が付いた手ぬぐいが見つかり、風呂場の壁面にも血痕が付着。袴田巌さんは当時、同工場の従業員で、工場2階の寮に寝泊まりしていた。
 【5点の衣類】
 みそ工場内のタンクから約1年2カ月後に見つかった半袖シャツなど5点の衣類には血痕が付着し、事件当時に着ていたことが推認される。事件前に袴田さんが着ていた衣類と似ており、一緒に袋に詰め込まれた状態で発見されたことから、全て袴田さんのものと認められる。
 【衣類の赤み】
 弁護人は「1年以上みそ漬けされた衣類の血痕に赤みは残らず、5点の衣類は袴田さん以外の者がみそ漬けしたことになる」と主張すると見込まれる。検察の実験では、長期間みそ漬けした血痕に赤みが残る例が多数観察された。1年以上みそ漬けされていた衣類に赤みが残ることは不自然ではない。
 【捏造の主張】
 5点の衣類が1年以上みそ漬けされていた事実に合理的な疑いが生じる余地はなく、捏造の主張には根拠がない。
 【再審公判での主張】
 再審公判では、確定審や再審請求審の判断に拘束されないという前提で主張立証を行う。確定審での証拠に加え、新たに取り調べられる各証拠を総合して事実認定の判断がなされるべきだ。

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