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那覇で再審見直し、機運を「袴田事件契機に」 元静岡県弁護士会の坂田さん、弁護団招きシンポ

 現在の静岡市清水区で1966年、みそ製造会社の専務一家4人を殺害したとして死刑が確定したものの静岡地裁でやり直しの裁判(再審)が始まる袴田巌さん(87)を事例に、再審や死刑制度について考えるシンポジウムが21日、那覇市で開かれた。弁護団の小川秀世事務局長、2014年に地裁で袴田さんの再審開始決定を手がけた村山浩昭元裁判長に講師を依頼したのは、かつて静岡県弁護士会に所属していた坂田吉加弁護士(沖縄弁護士会)。再審を巡る法制度の充実を求める声が高まる中、坂田さんは「冤罪(えんざい)は誰にでも起こりうる。袴田事件を通じ関心を持ってもらい、行動に移すきっかけになれば」と期待する。

シンポジウムの開催前に、久しぶりの再会を喜ぶ坂田吉加弁護士(左)と小川秀世弁護士=21日午後、那覇市
シンポジウムの開催前に、久しぶりの再会を喜ぶ坂田吉加弁護士(左)と小川秀世弁護士=21日午後、那覇市
シンポジウムの討論で再審法の課題を指摘する小川秀世弁護士(左)と村山浩昭元裁判長=21日、那覇市
シンポジウムの討論で再審法の課題を指摘する小川秀世弁護士(左)と村山浩昭元裁判長=21日、那覇市
シンポジウムの開催前に、久しぶりの再会を喜ぶ坂田吉加弁護士(左)と小川秀世弁護士=21日午後、那覇市
シンポジウムの討論で再審法の課題を指摘する小川秀世弁護士(左)と村山浩昭元裁判長=21日、那覇市

 坂田さんは兵庫県出身で経歴は異色だ。音楽大を卒業後、オーストリアへの留学を経て就職した旅行会社の労働環境が劣悪で労働法に関心を持ち、弁護士に転身した。11年、知人の紹介をきっかけに静岡市でキャリアをスタートさせた。16年から2年間は外務省の任期付き職員としてフィリピンの日本大使館で勤め、その後は大手弁護士事務所のミャンマー支店に移った。コロナ禍で帰国し、22年からは沖縄を拠点に定めた。
 静岡時代は刑事弁護にも力を入れ、2件の無罪判決(確定)を勝ち取った。大先輩の小川さんは心強い相談相手であり、当時静岡地裁の裁判官だった村山さんとは法廷だけではなく研修会などでも親交があった。
 現在所属する事務所の同僚が沖縄弁護士会主催の再審シンポジウムを企画することになり、ならばと“恩師”の2人を招くことを提案した。「頼まれたら断りにくい」と村山さん。坂田さんを「自由に、素晴らしい生き方をしている」と評する小川さんも快諾した。
 坂田さんは海外で暮らす中で民主主義とは何かを改めて考えるようになった。民政移管が行われたミャンマーでは21年に国軍がクーデターを起こし、抗議デモで多数の死者が出た。フィリピンでは麻薬犯罪の容疑者に対して殺害もいとわない対策が進められた一方、死刑を廃止した同国では日本の死刑執行に関するニュースが否定的に流れる。坂田さんは「民主主義にも成熟度があり、日本が遅れている部分もある」と話す。
 日本では再審に関する法改正は一度もされていないが、他国は見直しながら改善する。坂田さんは「人権や自由は闘うことで維持し続けなくてはいけない。日本の人は思考停止なのか過度な信頼なのか、安心しきっているように思う。無関心でいると、いつかしっぺ返しが来る」と強調する。
 (社会部・佐藤章弘)

「抗告禁止が鍵」 元裁判長も問題点指摘
 シンポジウムで小川弁護士と村山元裁判長は、再審請求審の経験を踏まえ、再審法(刑事訴訟法の再審規定)で早急に改正すべきポイントを具体的に示した。
 袴田さんの再審開始決定に対して検察官が即時抗告したため、今年3月に確定するまで9年を費やした。村山さんは「その分だけ救済が遅れる。百害あって一利なし。この際、抗告を禁止すれば、検察官も余計なことを考えずに再審公判に集中できる」と指摘した。
 小川さんは、検察官の手元に残る証拠の開示が必要だと強調。「警察が収集した証拠は検察に全て送り、通常審の段階で証拠のリストを作る必要がある。証拠開示の規定があれば、袴田さんの再審はもっと早くに終わっていた」と述べた。

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