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社説(3月23日)検察が抗告断念 再審公判の早期開始を

 現在の静岡市清水区で1966年6月、みそ製造会社の専務一家4人が殺害された事件を巡り、死刑が確定した袴田巌さん(87)の裁判やり直し(再審)開始を認めた東京高裁決定に対し、東京高検は最高裁への特別抗告を見送った。高裁での差し戻し審を経て、閉ざされていた再審の扉がようやく開いた。
 差し戻し審では、弁護側は争点となった「衣類の血痕の赤み」について、赤みが消失する化学的な仕組みを説明し、確定判決が「犯行着衣」と認定した衣類5点の証拠能力に疑いがあることを明らかにした。検察側に有罪を維持できる根拠は乏しく、静岡地裁で開かれる再審公判では無罪判決が言い渡される公算が大きいとみられている。
 開始日時は未定だが、地裁と検察、弁護団の3者協議を経て決まる見通しという。事件発生から57年。最高裁で死刑が確定してから42年が経過した。ここまであまりにも長い時間がかかっている。一日も早く審理を開始し、迅速に進めてほしい。
 弁護側主張を全面的に認め、捜査機関による証拠捏造[ねつぞう]にまで言及した高裁決定に当初、検察側は特別抗告の方向で検討していたとされる。しかし、ぎりぎりで断念を公表。高検幹部は「承服しがたい点があるものの、特別抗告の申し立て理由があるとの判断に至らなかった」とコメントを出した。
 メンツにこだわらず、見送ったことは妥当な判断だ。高齢に加え、半世紀近い拘束の影響で拘禁症状に苦しむ袴田さんの体調を考えれば、これ以上再審の扉を閉ざせば世論の反発も予想できる。再審開始決定に不服があるのなら再審公判で正面から争うべきだ。
 どうしてこんなに時間がかかったのか、改めて検証もすべきだ。地裁が袴田さんに死刑を言い渡し、最高裁で確定したのは80年12月。第1次再審請求は27年かけて退けられた。2008年4月からの第2次請求で地裁は14年、いったん再審開始を決定した。死刑・拘禁の執行停止も決め、袴田さんは47年7カ月ぶりに釈放された。
 ところが検察側が即時抗告して高裁は18年に地裁決定を取り消した。弁護側の特別抗告を受けた最高裁は20年12月、高裁判断の一部を支持したものの決定を取り消し、血痕の色合いに争点を絞り込んで審理を差し戻した。さらに2年以上を費やして再審開始のラインに戻ったことになる。
 検察側の不服申し立てで結論が先延ばしされ、取り返しのつかない人権侵害を招いたといえる。刑事司法の信頼を取り戻すためにも、再審制度の改正が強く求められる。

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