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迷走する復旧復興 市との合意形成 不十分【再生 道半ば 熱海土石流2年㊥】

 今年2月の熱海市議会。斉藤栄市長は2023年度の施政方針演説の中で、伊豆山の復旧復興に対する決意をこう述べた。「復興計画を踏まえた詳細な事業を実行に移す」。一日も早く元の生活を取り戻したい被災者の中には、この言葉を信じた人もいる。

9月1日に自宅への帰還を目指す小松昭一さん。宅地復旧の方針が定まらない市の現状に困惑する=6月下旬、熱海市伊豆山
9月1日に自宅への帰還を目指す小松昭一さん。宅地復旧の方針が定まらない市の現状に困惑する=6月下旬、熱海市伊豆山

 逢初(あいぞめ)川中流部の自宅が半壊した小松昭一さん(92)は、9月1日の警戒区域解除に合わせて自宅に帰還できるよう、家屋や擁壁の修繕の準備を進めてきた。しかし表情は暗い。「家族で絶対に帰ると決めていた。ようやく希望が見えてきたのに、一体どうなってしまうのか」
 小松さんの不安の種は、市の宅地復旧補助制度。市は当初、復旧が必要な「事業区域」を決めた上で住宅再建を希望する人の土地を買収し、造成後に再分譲する方針を示していた。しかし被災世帯への聴き取りの結果、再建希望者が点在し、まとまった土地を確保できないことが判明。半年近く検討した末、被災者個人が行う宅地復旧の費用の90%(上限1千万円)を補助する制度に変更した。
 だが、ほとんどの被災者に事前説明がなく、通知は書面のみ。市議会からも「唐突だ」と批判が相次いだ。当初の買収分譲方式も正しく伝わっておらず、「被災地の土地を市が全て買いとる」と思っていた人もいた。結局、市は「理解が得られていない」として、市議会6月定例会に提出していた補正予算案から補助金部分を削除した。
 市は改めて被災者の理解を得てから議会に諮る方針だが、補助を活用しようと思っていた小松さんの復旧は遅れる。「年齢が年齢だけに切実な問題。行政は何をやっているんだ。不信感だらけだ」と憤る。
 宅地の復旧だけでなく、県と市が復旧復興の柱に据えている逢初川の拡幅と河川両岸への市道整備計画にも疑問の声が上がる。
 土石流発生からわずか2カ月後に行われた県と市の協議記録によると、市側は市長の意向として「水を感じられるような逢初川沿いの歩道を整備したい」などと伝えていた。記録には計画の原型も示されていた。
 県は30年に1度の大雨を安全に流せるよう川幅を広げ、市は両岸に幅4メートルの道路を整備する。安全安心と利便性向上が目的というが、民地の提供があって初めて成り立つ。賛同する地権者もいれば、「必要以上の規模」「一部の人の意見しか反映されていない」と不満の声も上がっていた。
 土石流で母親の和子さん=当時(80)=を亡くし、自宅も失った太田朋晃さん(57)は「最初は地域の安全のために土地を手放してもいいと思っていたが、やっぱり納得できない。みんなの意見を聞いて進めるのが一番だ」と訴える。
 復興計画に異を唱える人や今後の方向性が見いだせない人は多く、河川や道路の用地買収率は約3割にとどまる。行政と住民の合意形成が不十分な実態が浮かび上がる。伊豆山の再生に関し、斉藤市長は「被災者に寄り添う」と何度も発言してきた。しかし当事者たちの実感は乏しい。土石流に自宅が流された志村信彦さん(42)は「被災者と行政の信頼関係が足りない。話し合えば分かることもある。対話で溝を埋めるしかない」と率直に語る。

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