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特集 : 熱海土石流災害

“分断”克服するには 主体は住民、尽くす議論【残土の闇 警告・伊豆山㉝/第6章 逢初川と共に④】

 災害は生命財産を奪うだけでなく、時に地域を分断する。被害の重さや世代、家族構成などによって復興の考え方は違い、住民が一方向にまとまって歩み出すのは容易ではない。大災害を経験した地域は苦悩とどう向き合ったのか。ヒントを求めて熊本県を訪ねた。

復旧復興までの道のりを振り返る内田安弘さん(左)と坂田哲也さん=6月中旬、熊本県西原村
復旧復興までの道のりを振り返る内田安弘さん(左)と坂田哲也さん=6月中旬、熊本県西原村

 阿蘇の雄大な田園風景が広がる人口約6700人の熊本県西原村。6年前の熊本地震で震度7を観測し、5人が死亡、約1800人が避難生活を強いられた。特に被害が大きかった布田川断層沿いの六つの集落は、家屋の約9割にあたる計295棟が全半壊した。
 「こんな怖い所にはもう住めない」。発災当初、多くの住民は集団移転にかじを切ろうとしていた。一方で、愛着のある地域に残ろうとする人も少なくなかった。移転か、再建か-。住民の意見は割れ、村は復興の道筋を見いだせずにいた。
 そんな中、各集落の自治会は住民の意識調査や地域の今後に関する議論を盛んに行った。被災集落で最も世帯数が多い布田地区の元区長、内田敏則さん(67)は言う。「住民の不安材料の把握を最優先した。一人一人が最良の選択ができるよう他の被災地の事例や国の支援制度を研究し、住民に情報提供し続けた」
 全34棟のうち30棟が全壊した大切畑地区の元区長、坂田哲也さん(65)も「当初は住民同士でけんかばかりしていたが、皆が本気で議論していた。村職員も必ず参加し、私たちの声を丁寧に拾い上げてくれた」と振り返る。村職員を交えた各集落の話し合いは発災当初から始まり、約1年間で計119回を数えた。
 村も、職員が仮設住宅に出向き住民へのヒアリングを徹底した。家族内で意見が異なることもあるため、世帯全員の声を聞き、調査結果は集落と共有した。新潟県中越地震の被災地、旧山古志村(現長岡市)の復興支援に携わり、西原村でも臨時職員として住民を支えた佐々木康彦さん(43)=富士市出身=は「地域の方向性を住民が主体的に決めることが大切。完全な合意は無理でも、議論の末に出した答えであれば納得感は違う」と強調する。経験に裏付けられた佐々木さんの手法は、揺れ動く住民の心を整えていった。
 一時は大勢を占めた集団移転論は徐々に薄れ、大半の住民が集落に残る道を選んだ。発生から1年4カ月後、全ての集落が村の復興計画を了承した。計画には、住民が求めた生活道路の拡幅や擁壁の強化などの施策が着実に反映された。
 「この村は、地域を良くしたいという住民の思いに救われた。住まいの再建がゴールではなく、持続可能な地域を目指して一つになれた」。計画づくりの陣頭指揮を執った元副村長の内田安弘さん(68)はそう実感を込めて語る。
 大規模土石流からの再生を目指す熱海市伊豆山では、行政と被災者の擦れ違いが目立つ。内田さんは「まずは住民の思いに基づいたたたき台を示さなければ議論は進まない。違うと言われたら修正すればいい。その積み重ねが復旧復興には不可欠だ」と指摘する。
 >心の復興目指して 人々の思い、点から線へ【残土の闇 警告・伊豆山㉞/第6章 逢初川と共に⑤完】

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