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発生から25分後の衝撃 街襲う黒波「地獄絵図」【残土の闇 警告・伊豆山㉑/第4章 運命の7・3③】

 熱海市伊豆山の逢初(あいぞめ)川源頭部から流れ下った土石流は、約1・3キロ下流の市道伊豆山神社線の手前でいったん止まったかのように見えた。しかし、避難誘導していた消防団員の耳に飛び込んだのは住民の悲鳴。山を見上げると、黒い土砂が津波のように押し寄せてきた。市道沿いの赤れんが色の建物に激突した土砂は、周辺の家を次々になぎ倒し、現場は「地獄絵図」と化した。

土石流が街を襲う瞬間を捉えた動画の一部=2021年7月3日、熱海市伊豆山(ツイッターより)
土石流が街を襲う瞬間を捉えた動画の一部=2021年7月3日、熱海市伊豆山(ツイッターより)

 午前10時55分。発生の第一報から25分ほど後の出来事だった。住民がその瞬間を捉えた動画はSNSで拡散され、日本中を震撼(しんかん)させた。
 「何が起きたのか受け止められなかった」。当時、鉄筋コンクリート造りの建物の陰に隠れて九死に一生を得た消防団員の一木航太郎さん(22)は、目の前で家や車が壊されていく惨状をそう振り返った。山腹から沸いた湯が急斜面を流れ下ったと地元で伝えられる「走り湯」のように、土石流は猛スピードで家やがれきを巻き込みながら逢初川流域を下り、その波は何度も集落に押し寄せた。
 市は午前11時5分、警戒レベルを「高齢者等避難」から一気に最高の「緊急安全確保」に引き上げた。市は全職員を市役所に招集した。その4分後、ようやく土石流発生を知らせる同報無線放送とサイレンが市内に響いた。「伊豆山、小杉造園付近で土石流が発生しました。付近の危険な場所にいる方は避難してください」
 逢初川中流沿いの自宅にいた太田滋さん(65)は、放送内容が聞き取れず、玄関先に出た。すると、数十メートル上流で起きている惨事に目を疑った。着の身着のままで家族と公民館に向かって避難を開始した。直後に自宅は大量の土砂とがれきにのまれ、全壊した。「何が起きたのか分からず、みんなぼうぜんとしていた。もしあのまま家にいたら死んでいただろう」
 太田さんのように防災無線が聞き取れなかった住民は多い。同じく自宅が全壊した田中均さん(65)も「元々、山に反響して音が聞きづらい地域。雨音が激しい日は、なおさらだ」と明かす。さらに、市は同報無線の内容をすぐに防災情報メールで配信しているが、「小杉造園付近と言われても、どこだか分からなかった」「知らない場所だから、うちは大丈夫と思ってしまった」と振り返る住民は少なくない。同報無線やメールで伝えられた小杉造園は、東京に本社がある企業の研修所で、地元住民にはあまりなじみがなく、危機情報が的確に伝わっていなかった。
 一方、数分前に上流域に住む知人の安否確認に向かった田中公一さん(72)は、赤れんが色の建物の手前まで来ていた。しかし、必死の形相で逃げてきた住民にこう告げられた。「だめだめ、もう先に行けないよ。土砂がすごいから」。言葉の意味がのみ込めなかった。
 やむなく引き返すと、妻路子さん=当時(70)=が残っていた自宅は、周辺の家屋に押しつぶされていた。「路子!」。何度呼んでも返事はなかった。「なぜ、もっと早くサイレンを鳴らして危険を知らせてくれなかったのか」。一面を埋め尽くす黒い土砂に田中さんの怒りと悲しみが広がった。
 >突然迫る 生と死の「境」 下流域へ新たな大波【残土の闇 警告・伊豆山㉒/第4章 運命の7・3④】

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