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警戒区域の内外で 帰るべきか自問の日々【残土の闇 警告・伊豆山㉛/第6章 逢初川と共に②】

 熱海市伊豆山の国道135号に架かる逢初(あいぞめ)橋。2021年7月3日、逢初川源頭部から流れ下った土砂やがれきは約1・7キロ下流にも襲いかかった。逢初橋の周辺には生々しい爪痕が今も残る。

逢初橋(中央)の脇に立つ自宅で当時を振り返る今井秀和さん。自宅のすぐ横には警戒区域が広がっている=4日、熱海市伊豆山
逢初橋(中央)の脇に立つ自宅で当時を振り返る今井秀和さん。自宅のすぐ横には警戒区域が広がっている=4日、熱海市伊豆山

 そのわずか15メートルほど脇に今井秀和さん(60)が妻と暮らしていた築70年ほどの木造2階建て住宅がある。辛うじて無事だったが、今井さんが訪れるのは週2、3回程度。空気を入れ替えたら1、2時間で自宅を後にする。向かうのは隣町の神奈川県湯河原町。ホテルでの避難生活を終えた昨年8月から、夫婦の暮らしはアパートの一室に移った。
 「日常がなくなってしまった。夜中にふと目が覚めてしまうことがあって」-。逢初橋周辺は災害対策基本法に基づき、市が設定した警戒区域になっている。立ち入りは原則禁止だ。だが、今井さんの自宅は警戒区域を囲むロープのすぐ外にあり、制度上は居住が許されている。
 それでも、土石流の起点で崩れ残っている盛り土が頭から離れない。「市も県も、誰も安全とは言ってくれない。大雨だけでなく、地震が起きた時に崩れるんじゃないか」。そんな不安がつきまとい、伊豆山を離れて暮らす。警戒区域内の住民であれば、みなし仮設住宅の家賃は公費で賄われるが、月6万5千円の家賃は自費で支払い、伊豆山の自宅の維持費もかさむ。
 あるじが不在の家は傷むのが早い。警戒区域内には、無被害や一部損壊の住宅が数多く残る。ただ、壁や屋根の修繕は応急的なものに限られる。こちらも費用は自費だ。自宅兼工場が一部損壊した中島秀人さん(53)は「雨漏り対策の応急工事に150万円。配分された義援金は全てなくなる」と窮状を語る。事業再開に向けて、市内の別の場所に工場を建設しているが「老後資金を取り崩している。早く警戒区域を解除してほしいが、その先の生活を考えると…」。
 住宅再建資金が工面できない高齢の被災者の中には、伊豆山に戻ることを諦めている人が少なくない。子育て世代からも今後の見通しが立たない現状にいら立ちの声が聞かれる。
 今井さんは自宅を警戒区域に認定してもらうよう、専門家に調査を依頼し数カ月かけて作った要望書を4月、熱海市の斉藤栄市長宛てに提出した。しかし翌月、市から届いた返答は、土砂崩れの安全対策を行っているとして「見直し(拡大)の予定はございません」。市は、生活再建支援金が給付される長期避難世帯の認定を県に働きかけたが、自宅に立ち入れる状況にあるため、認められなかった。
 家族を亡くしたり、家を失ったりした住民が大勢いる中で、自身の苦境を訴えていいのか悩みはある。一方、区域外にも不安を抱えながら声を上げられない人がいる。
 「復旧工事の計画策定や進行に長期間を要すれば、このまま自宅に戻らない選択も考えないといけない。いつかは決めないと」
 伊豆山に帰るべきか、帰るべきではないのか-。答えの見えない問いが、今井さんの頭の中を巡っている。
 >行政と被災者に隔たり 対話乏しく描けぬ復興【残土の闇 警告・伊豆山㉜/第6章 逢初川と共に③】

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