「オッペンハイマー」最有力 米アカデミー賞予想 映画評論家・鬼塚さんに聞く
米国時間10日(日本時間11日)に発表される第96回米アカデミー賞。日本の3作品が各賞候補に選出されるなど、例年以上に注目が集まる。主要部門の作品賞、監督賞の行方と日本作品の受賞の可能性について、映画評論家の鬼塚大輔さん(静岡英和学院大・常葉大非常勤講師)が占った。(聞き手=教育文化部・橋爪充)
作品賞は原爆開発を主導した人物を描いた「オッペンハイマー」(29日日本公開)が最有力だと思います。ブルーレイで見たのですが、評判通りの素晴らしい内容でした。クリストファー・ノーラン監督の集大成のような作品です。1月発表の第81回ゴールデングローブ賞では主要部門で受賞が相次ぎました。
ノーラン監督の映画は「インセプション」「TENET テネット」など時間の跳び方が伝わりにくい作品が多い印象ですが、「オッペンハイマー」は非常に分かりやすい。彼はこれまでアカデミー賞で候補入りはありましたが、オスカーを手にしたことはありません。「そろそろ」という業界内の機運も、受賞の後押しになるでしょう。
映画界では「スーパーヒーロー疲れ」がささやかれています。近年はスーパーヒーローものが軒並みこけている。そんな中で「オッペンハイマー」はシリアスなテーマを扱う3時間の長尺なのに、世界中で大ヒットしています。スーパーヒーロー超大作の終焉[しゅうえん]が見えつつある中、業界のお祭りとしての側面があるアカデミー賞で、支持が集まりやすいと思います。
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作品賞の対抗馬は「キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン」。マーティン・スコセッシ監督は80歳を超えていて、あと2作で引退するようなことを言っている。そんな時期に、過去に米国内で虐げられていた、搾取されていたネーティブアメリカンをテーマにしています。
この作品はネーティブアメリカンの俳優をキャストし、一部の場面では彼らが使っている言語をそのまま使っています。2023年のアカデミー賞で作品賞を含む7冠を達成した「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」や、22年に7部門ノミネートされた「ウエスト・サイド・ストーリー」もアジア系やプエルトリコ系など役柄の当事者である俳優を起用していた。少数者の言語文化を大事にするというのは、アカデミー賞の流れの一つだと言えます。
事前の受賞予想が2強だった場合、受賞を決める映画業界人の投票で票を食い合い、別の作品が「漁夫の利」を得る場合があります。ただ、今年はその可能性を秘めた「バービー」「哀れなるものたち」がどちらもフェミニズム映画。こっちはこっちで票が分かれててしまうことが予想されますね。
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監督賞も作品賞で挙げた作品と同じですね。ノーラン監督が本命で、次がスコセッシ監督だと思います。
10年以上支配的だったスーパーヒーローもののやり方が覆されつつある。次から次に映画を作り、配信のシリーズにつなげるというものです。こうなると、これら全部を追っていなくては理解できないという状態に陥る。2人にはそれに対する反発を感じます。
それぞれの作品は「原爆の開発」「先住民からの搾取と虐待」を主題にしていて、米国史への反省の視点があります。1990年代初頭の「ダンス・ウィズ・ウルブズ」以降、こうした流れはあまりなかった。舞台が米国ではありませんが、同じ監督賞候補の「関心領域」(5月日本公開)も史実を基盤にしています。今の映画は「軽く楽しい」だけではないものが求められているのでしょう。
日本作品 3部門ノミネート 三つの日本作品が3部門でノミネートされています。視覚効果賞に「ゴジラ-1・0(マイナスワン)」、国際長編映画賞に「PERFECT DAYS」、長編アニメーション賞に「君たちはどう生きるか」です。
「ゴジラ」は受賞が堅いと思います。候補作の中に、ライバルがいない感じがします。米国でも興行的に成功しているし、ドラマ部分も含めてユーザーの評価が高いですね。何より、ハリウッド大作の10分の1程度の予算で、非常にクオリティーの高い特撮を実現している。映画界全体として、お金をかけた視覚効果について、ビジネスの限界が見えています。「ゴジラ」の“費用対効果”は、受賞の決め手となるでしょう。
「君たち―」も受賞すると思います。複数の世界を行き来する作品ですが、インターネットの出現以来、そうした話が“SF的”とは言えなくなっている。今の子どもたちは、そうした現実世界で生きています。この映画はそうした点でも受け入れられやすい。日本での受け止めとは異なり、米国では宮崎駿監督の最後の作品と信じている方が多い。彼へのリスペクトが受賞につながるでしょう。
▼作品賞候補作
「アメリカン・フィクション」
「落下の解剖学」
「バービー」
「ホールドオーバーズ」
「キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン」
「マエストロ その音楽と愛と」
「オッペンハイマー」
「パスト ライブス 再会」
「哀れなるものたち」
「関心領域」
▼監督賞候補作
ジュスティーヌ・トリエ「落下の解剖学」
マーティン・スコセッシ「キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン」
クリストファー・ノーラン「オッペンハイマー」
ヨルゴス・ランティモス「哀れなるものたち」
ジョナサン・グレイザー「関心領域」