ぬの【布】 佐藤ゆず/人と人が織りなすもの【SPAC俳優 言葉をひらいて㉓】
「演劇は織物である」と、私は思っている。
演劇を始めて何年になるだろう。10代の頃には獣医師になって牧場で働くことしか考えていなかった私が、まさか俳優になって演劇をやって暮らしていくなんて思ってもみなかった。この「ぬ」のコラムが俳優、佐藤ゆずに渡ったバトンとしては最後になるので、演劇について書いてみようかな、と。
演劇の何が織物なのか。演出家が、どんな布にしたいか方向性を示す。台本を読み解きながら俳優やスタッフ一人一人が、その演出家が示した布を織るべく糸となり、稽古を重ね縦糸横糸が少しずつ織られていく。少し織っては、ほどいて糸に戻し、また織る。稽古は日々その繰り返し。
織られていく糸が、どれくらいの太さでどういう色でどんな材質なのか。糸一本一本、一人一人が全く異なるので、どんな布が織り上がるのか未知数なのである。毎日、本番の度に違う布が織り上がる。
糸をキチッとそろえて布を織り上げるような演目もある。バラバラで超個性的な「布…?」みたいな演目もある。同じ台本でも、演出家がどうしたいのか異なれば違う布になるし、俳優が1人でも変われば布の仕上がりも変わる。これが面白い。やめられない。
糸1本ではどんなに頑張っても糸でしかない。くぐらせ、織り、布にしていくのだ。
現在出演中の「ばらの騎士」で、私はまた新たな布を織り上げるべく奮闘している。台本が要求すること、演出家の要求すること、自分のアイデア、相手役との積み重ねなどなど、全部盛りで挑んでいる。出来上がった布を見て、「きれいね」と思うか「安心するね」と思うか「寒そう」と思うかは、お客さん次第。
中島みゆきも歌っているじゃないか。「いつか誰かを暖めうるかもしれない」って。演劇も誰かのそういう存在でありたいと願いつつ、今日もヘアメークを整え、本番に向かう。
さとう・ゆず 新潟県出身。俳優の他に、ヨガ講師、アマチュアカメラマン、ラジオパーソナリティーなど幾つもの顔を持つ。動物オタク。3月まで、宮城聰・寺内亜矢子演出のSPAC「ばらの騎士」に出演中。