あなたの静岡新聞
▶ 新聞購読者向けサービス「静岡新聞DIGITAL」のご案内
あなたの静岡新聞とは?
有料プラン

テーマ : 芸能・音楽・舞台

つき【月】 いつも優しく見ている 渡辺敬彦【SPAC俳優 言葉をひらいて⑱】

 子供の頃、お月さまは僕についてきた。さっき公園で僕のことを見ていたのに、家に帰って窓から空を見ると、そこにいて僕を見ている。道を歩いていても、やっぱりそろりと僕についてくる。不思議だった。

(板画・麻美)
(板画・麻美)
渡辺敬彦
渡辺敬彦
(板画・麻美)
渡辺敬彦

 「なぜ僕について来るんだろう。お月さまは、僕のことが好きなのかな?」と思った。一度叔母と2人で歩いている時「お月さまは、僕について来るんだよ」と、この秘密を教えてあげた。そして叔母は立ち止まり、僕だけ歩く実験をしてみることになった。もちろんお月さまは、僕について来た。優しい叔母は「お月さまはおばちゃんじゃなくて、おまえについて行っちゃったよ」と言った。「やっぱりお月さまは、僕について来るんだ。僕のことが好きなんだ」と思った。
 そのうち子供から少年、青年になるにつれて僕はお月さまをあまり見なくなった。そこにいるはずなのに、見えない新月のように、僕にはお月さまは見えなくなった。僕はその頃、目の前のことや地面を見ていた。それから中年になると、また少しだけお月さまを見るようになった。さらにずんずん年を取って、今は、もっとお月さまを見るようになった。
 改めてお月さまはつくづくと「本当に、きれいだな」と思う。そしてお月さま自身だけでなく、その光に照らされた人、虫、動物、草木…風景全てが美しいのだと、しみじみ思う。悪いことや小ずるいことをしそうな時「誰も見てないから…」と思っても、お天道さまは見ていることを思い出す。お日さまは強くて厳しい。いつもは、僕を楽しい気持ちにしてくれるけど、そういう時はおっかない。お月さまはいつも優しく僕のことをただ見てくれている。子供の頃から、今も、お月さまは僕について来てくれている。また夜が来る。今夜もお月さまに会いたいな。

 わたなべ・たかひこ 三島市出身。2010年の「ペール・ギュント」からSPACに参加。19年「RITA&RICO」では演出を手がける。多田淳之介演出「伊豆の踊子」に出演中。11月末に演出作「猫踊り」を県内2カ所で上演する。

いい茶0
▶ 追っかけ通知メールを受信する

芸能・音楽・舞台の記事一覧

他の追っかけを読む