テーマ : ウクライナ侵攻

【ウクライナ】クチマ元ウクライナ大統領に聞く ゆがんだ歴史観が侵攻原因 ロシアへの譲歩、欧州戦争招く

 ウクライナのレオニード・クチマ元大統領は、ロシアの侵攻2年に合わせ共同通信の書面インタビューに応じ、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領の歪曲(わいきょく)された歴史観と、自らの歴史的使命という妄想が侵攻の主原因だと指摘。停戦については、ロシアの軍事力再建、攻撃拡大につながるので応じられないと否定。米欧がウクライナを犠牲にしてロシアに譲歩すれば、プーチン氏は戦争を欧州に拡大すると警告した。

ウクライナのクチマ元大統領=2023年11月、キーウ(本人提供)
ウクライナのクチマ元大統領=2023年11月、キーウ(本人提供)
2004年12月、モスクワで会談するウクライナのクチマ大統領(左)とロシアのプーチン大統領(タス=共同)
2004年12月、モスクワで会談するウクライナのクチマ大統領(左)とロシアのプーチン大統領(タス=共同)
ウクライナ南部トゥズラ島からロシア側を視察するクチマ大統領(中央)=2003年(ウクライナ大統領府提供)
ウクライナ南部トゥズラ島からロシア側を視察するクチマ大統領(中央)=2003年(ウクライナ大統領府提供)
2014年2月、ウクライナの首都キーウで、死亡したデモ参加者のひつぎを運ぶ人々(ロイター=共同)
2014年2月、ウクライナの首都キーウで、死亡したデモ参加者のひつぎを運ぶ人々(ロイター=共同)
2018年5月、ロシア南部ソチで、ドイツのメルケル首相(右)との会談前に花を贈ったロシアのプーチン大統領(タス=共同)
2018年5月、ロシア南部ソチで、ドイツのメルケル首相(右)との会談前に花を贈ったロシアのプーチン大統領(タス=共同)
2014年9月、ベラルーシ・ミンスクで、ウクライナ東部紛争の和平協議に臨むウクライナのクチマ元大統領(右)(AP=共同)
2014年9月、ベラルーシ・ミンスクで、ウクライナ東部紛争の和平協議に臨むウクライナのクチマ元大統領(右)(AP=共同)
ウクライナのクチマ元大統領=2023年11月、キーウ(本人提供)
2004年12月、モスクワで会談するウクライナのクチマ大統領(左)とロシアのプーチン大統領(タス=共同)
ウクライナ南部トゥズラ島からロシア側を視察するクチマ大統領(中央)=2003年(ウクライナ大統領府提供)
2014年2月、ウクライナの首都キーウで、死亡したデモ参加者のひつぎを運ぶ人々(ロイター=共同)
2018年5月、ロシア南部ソチで、ドイツのメルケル首相(右)との会談前に花を贈ったロシアのプーチン大統領(タス=共同)
2014年9月、ベラルーシ・ミンスクで、ウクライナ東部紛争の和平協議に臨むウクライナのクチマ元大統領(右)(AP=共同)


 ▽侵略避けられずと確信 決して兄弟にならない

 ―プーチン氏はウクライナは歴史的にロシアの一部だと主張する。彼がウクライナを侵略する危険を感じていたか。

 「ロシアのウクライナ侵攻の主要な原因はプーチン氏だ。(ウクライナ国家などないとの)偽りの歴史に固執している。過去の地政学的な出来事の結果をひっくり返すのが、自分に与えられた『歴史的使命』だとの病的な妄想―。20年以上も周囲のお世辞ばかり聞いてきたプーチン氏は自分を天才的な政治家、軍事戦略家だと思うようになった」

 「私はプーチン氏の危険さを昔から感じていた。2003年に私はロシアが狙ったクリミア半島付近のトゥズラ島の防衛を指揮した。当時ロシアは引き下がったが、将来、大規模な侵略を仕掛けてくることは避けられないと確信した」

 ―兄弟民族とされるウクライナ人とロシア人が敵となったのはなぜか。

 「私は長年ウクライナの宇宙ロケット製造企業で働き、多くのロシア人の仲間と接してきた。60年も連れ添う私の妻はロシア出身だ。ウクライナ人とロシア人の近さを誰よりもよく分かっているつもりだ」

 「兄弟であっても嫌悪感や憎悪が生まれる。人類史の初めからそうだった。旧約聖書に書かれているように、兄カインは弟アベルを殺した。ロシアはウクライナ国家と民族を全滅させることはできない。しかし、既に何万人ものウクライナ人を殺し、何十万人もの運命を破壊した。兄弟が敵同士になったのだ。これを許すことは非常に困難だ。ウクライナにもはや兄弟はいない。ロシアは(弟を殺した)カインだ」

 「両民族が敵になったのは、完全にプーチン氏の責任だ。彼がこの戦争をあおり、ロシア人をけしかけた。(ロシアがクリミア半島を併合し、ウクライナ東部に侵攻した)2014年にウクライナの詩人アナスタシア・ドミトルクは『決して私たちは兄弟にならない』との歌詞をロシア語で書いた。ウクライナ人の魂の痛み、叫びの歌だ」

 ―ロシアの侵略を防ぐために何をすべきだったか。

 「2014年のロシアによる最初の侵略の瞬間から反撃すべきだった。ロシアがウクライナを簡単な獲物とみなさず、激しく抵抗する国家だと受け止めれば、軍事侵攻を防げただろう」

 「2014年当時に私が大統領だったら、クリミアの最高会議を占拠した『(後にロシア特殊部隊と判明した)緑の服を着た連中』を全滅させるよう命じただろう。彼らは認識票のない、身元不明のテロリストだった。当時プーチン氏は『ロシア兵ではない』と明言していた」

 「私なら、最新兵器の開発、生産に全力を挙げて取り組んだだろう。2014年以降、攻撃ミサイルの開発に取り組むよう訴えてきた。また、ウクライナの北大西洋条約機構(NATO)加盟を最優先事項として実現を目指しただろう。私の在任中の2002年にウクライナはNATO加盟を戦略的目標に設定した」


 ▽宥和策の過ち繰り返すな 西側の弱腰が自信与える

―ゼレンスキー現大統領に何を助言したいか。
 「現在彼が行っていることをもっと自信を持ってやればいい。ゼレンスキー氏は短期間で世界的な政治家に成長し、真の指導者となった。どの国の大統領もしたことのない経験を積んだ」

 ―ウクライナとロシアの戦争は不可避だったのか。友好関係を維持する別の道はあったか。

 「私たちは常にロシアとの平等で友好的な関係を求めてきた。ロシアには本当の友好国はなく、敵国ばかりという特徴がある。ロシアの現在の主要な敵は西側(米欧)だ。日本との関係も友好的とは言いがたい。(ウクライナ攻撃のための兵器をロシアに提供している)イランや北朝鮮という犯罪の共謀者もいる。一方でロシアは中国の手下になりつつある。隣国については自分の忠実な手下とみなし、力ずくで屈服させる。隣国と仲良くする気は一切ない」

 「ロシアはウクライナを屈服させることができなかった。ロシアは一時期ヤヌコビッチ大統領を従順な下僕にしたが、ウクライナ国民はヤヌコビッチ氏とプーチン氏の下僕になることを拒否し、2014年に(ヤヌコビッチ政権を打倒した)『尊厳の革命』を起こした。これに対し、ロシアはクリミアを占領し、ウクライナに対してハイブリッド戦争を仕掛けた」

 「2014年はロシア・ウクライナ関係が大きく悪化する分水嶺(れい)となった。ウクライナは抵抗の覚悟を示さなければならなかった。しかし当時、西側はウクライナを支えなかった。オバマ米大統領とメルケル・ドイツ首相(いずれも当時)はプーチンを抑え込まなかった」

 「2008年(のNATO会議で)メルケル氏は、ウクライナとグルジア(現ジョージア)のNATO加盟問題の最大の障害となった。ロシアのグルジア侵攻にも寛容な姿勢を示した。西側のプーチン氏へのこびへつらいがどんな結果を招いたかは明らかだ。ロシアとの対決に腰が引けた西側の対応に意を強くしたプーチン氏は、今や他の国々も攻撃すると威嚇している」

 ―米欧では、ウクライナに対し、占領された領土を犠牲にしてでもロシアと和平を結ぶよう求める声が出ている。対ロ宥和(ゆうわ)政策をどうみるか。

 「かつて英国のチャーチルはこう言った。『戦争か不名誉かの選択を迫られ、不名誉を選べば、得られるのは戦争だ』。過去は将来の教訓となる。(1938年にチェコスロバキアの一部領土のドイツへの割譲を容認した)ヒトラーへの宥和政策がどんな結果をもたらしたか思い出す必要がある。欧州全体が犠牲となった」

 「譲歩を受けてヒトラーはチェコスロバキアをのみ込み、さらにポーランド、デンマーク、ベルギー、オランダ、ルクセンブルク、フランスに侵攻、英国を爆撃した。ヒトラーは武力で押しとどめられるまで暴走が止まらなかった。プーチン氏も同じだ。(ヒトラーに譲歩した)チェンバレン英首相の二の舞いになってはならない。(ロシアに譲歩する)不名誉を選ぶ前に熟考してほしい」


 ▽停戦はロの攻撃拡大招く 事実上の降伏、受け入れず

 ―米欧ではウクライナへの支援疲れから、軍事・金融支援が停滞、ロシアとの和平を求める声も出ている。人命尊重のための停戦をどう思うか。

 「西側の『支援疲れ』との概念には同意できない。(ウクライナ支援に反対する)米国のトランプ前大統領の支持者は西側全体ではない。欧州からの支援は不十分だが、着実に増えている」

 「日本の支援もとても重要だ。ウクライナの防衛に貢献するだけでなく、私たちへの連帯、高い道徳心の表れでもある。日本政府と国民に感謝している。また、戦争開始直後にウクライナのハリコフに来て、地下鉄駅内で市民とともに暮らしながら、無料の食堂で市民に食事を提供している日本人の土子文則さんにはどれだけ感謝しても足りない」

 「ロシアは『停戦』という言葉を、西側にウクライナ支援をやめさせるために使っている。停戦すればロシアが戦力を蓄え、再び攻撃してくるのは明らかだ。私たちはルールも何もなく、ただ私たちを殺そうとする獣のような連中と戦っているのだ。彼らは決して攻撃をやめない」

 「停戦に応じれば、ロシアに占領されたわが国の東部、南部の領土がモスクワの支配下に取り残されることになる。全てのウクライナ的なものを焼き尽くすテロを行う連中の手に、占領地のウクライナ人たちを置き去りにしろというのか。(キーウ近郊の)ブチャで起きたような虐殺を行う連中に引き渡せというのか。そんなことはできない」

 「われわれが戦いをやめれば、プーチン氏の帝国主義的、報復主義的な野心に手を貸すことになる。ヒトラーへの譲歩がチェコスロバキアの解体とポーランド侵攻につながったことを思い出してほしい。プーチン氏にとり、停戦はロシアの戦争継続能力を強化することにつながる。既にロシアは占領地で住民を強制的に動員し、ウクライナ人同胞に対する攻撃に駆り立てている」

 ―あなたは2014年からウクライナ東部ドンバスの紛争の和平交渉にウクライナ政府代表として参加した。ロシアとの和平交渉が実現すれば、交渉を率いる用意はあるか。

 「そうした交渉に関わるつもりはない。現在ロシアと交渉する目的がない。何について合意しろというのか。ウクライナにはゼレンスキー大統領の10項目の和平案がある」

 「ロシア側の立場を見てほしい。ロシアは一方的に併合したウクライナの東部2州のうち、現在ウクライナの支配下にある地域もロシア領と認めるよう要求している。侵攻の口実となったウクライナの『非軍事化』『非ナチ化』も求めており、事実上の『非ウクライナ化』にほかならない」

 「ロシアは、私たちが自己アイデンティティーと自らが進む道を選ぶ権利を、放棄し、ロシアの侵略とわが国領土の占領が合法だと認めるよう要求している。これは『交渉』ではなく『降伏』だ。ウクライナだけでなく、全ての自由世界、国際秩序の降伏だ。ロシアのさらなる侵略を促すことになる」


 レオニード・クチマ氏
 ウクライナ元大統領。1938年、旧ソ連ウクライナ共和国生まれ。国立ドニプロペトロフスク大卒。国営ミサイル製造企業「ユジマシ」社長、ウクライナの最高会議(国会)議員、首相などを経て1994年7月~2005年1月に大統領を2期務める。2014~2018年、2019~2020年にウクライナ東部紛争の和平交渉で政府代表を務めた。

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