テーマ : ウクライナ侵攻

平和への最大のチャンス、ウクライナ和平合意を壊したのは誰か、交渉当事者から新証言相次ぐ 「ロシアを追い詰めろ」が生んだ悲劇

 長期戦の様相を呈し終わりの兆しの見えないロシアのウクライナ侵攻。しかし、開戦直後の2022年3月、双方の直接交渉により和平の最大のチャンスが訪れていた。最近になり交渉参加者の新たな証言も加わり、早期和平を望まなかった欧米の思惑が交渉崩壊の一因となったとの構図が浮かび上がってきている。(共同通信=太田清)

停戦交渉に出席したロシアのメジンスキー大統領補佐官(左)=2022年3月29日、トルコ・イスタンブール(タス=共同)
停戦交渉に出席したロシアのメジンスキー大統領補佐官(左)=2022年3月29日、トルコ・イスタンブール(タス=共同)
2022年4月9日、ウクライナ首都キーウ中心部を歩くゼレンスキー大統領(右)とジョンソン英首相(ウクライナ大統領府提供・AP=共同)
2022年4月9日、ウクライナ首都キーウ中心部を歩くゼレンスキー大統領(右)とジョンソン英首相(ウクライナ大統領府提供・AP=共同)
ロシア・サンクトペテルブルクでアフリカ諸国の首脳らと会談するプーチン大統領=2023年6月17日(タス=共同)
ロシア・サンクトペテルブルクでアフリカ諸国の首脳らと会談するプーチン大統領=2023年6月17日(タス=共同)
ダビド・アラハミア氏=2019年11月撮影(ゲッティ=共同)
ダビド・アラハミア氏=2019年11月撮影(ゲッティ=共同)
2018年6月14日、モスクワで、サッカーワールドカップの試合前に握手するドイツのシュレーダー元首相(左)とロシアのプーチン大統領(ゲッティ=共同)
2018年6月14日、モスクワで、サッカーワールドカップの試合前に握手するドイツのシュレーダー元首相(左)とロシアのプーチン大統領(ゲッティ=共同)
停戦交渉に出席したロシアのメジンスキー大統領補佐官(左)=2022年3月29日、トルコ・イスタンブール(タス=共同)
2022年4月9日、ウクライナ首都キーウ中心部を歩くゼレンスキー大統領(右)とジョンソン英首相(ウクライナ大統領府提供・AP=共同)
ロシア・サンクトペテルブルクでアフリカ諸国の首脳らと会談するプーチン大統領=2023年6月17日(タス=共同)
ダビド・アラハミア氏=2019年11月撮影(ゲッティ=共同)
2018年6月14日、モスクワで、サッカーワールドカップの試合前に握手するドイツのシュレーダー元首相(左)とロシアのプーチン大統領(ゲッティ=共同)

 ▽楽観論が支配
 ロシアとウクライナ代表団の和平交渉は2022年2月28日、ウクライナ・ベラルーシ国境で始まり、その後、ベラルーシ領内やオンラインによって断続的に続いたが、ハイライトは3月29日、トルコが仲介してイスタンブールで開かれた直接対話だった。
 イスタンブールでの交渉終了後、両国側から交渉結果について楽観的な発言が相次いだ。
 ロシアのフォミン国防次官は信頼醸成措置として、首都キーウ(キエフ)と周辺などでの軍事作戦を大幅に縮小すると声明。実際にロシア軍は、後に市民の虐殺があったとされるキーウ近郊ブチャを含むキーウ州からの撤退を開始した。
 ウクライナのゼレンスキー大統領は「前向きなシグナルだ」と評価。仲介役のトルコのチャブシオール外相(当時)も「重要な成果があった」とした上で、ラブロフ、クレバのロシア・ウクライナ両国外相の会談が2週間以内にも実現する可能性があると言明した。
 ロシア代表団の団長を務めたウラジーミル・メジンスキー大統領補佐官は「ウクライナ側が初めて、ロシアとの正常な関係構築に向けての提案を文書で行ってきた」とした上で「今後、(両国の)首脳会談の可能性がある」と示唆。
 ラトビアに本拠のある独立系ニュースサイト「メドゥーザ」によると、ウクライナ側は交渉でウクライナのNATO加盟断念と引き換えに、同国の安全保障の枠組み構築を含めた10項目を提案。
 同枠組みは米国、英国、中国など国連安全保障理事会5常任理事国(P5)に加え、イスラエル、ポーランド、トルコなど関係国との間で策定し、各国議会が批准。
 P5、関係国はウクライナが他国から攻撃を受けた場合、飛行禁止区域設定などの協力を提供するとしている。焦点のロシアが占拠したクリミア半島の主権については今後15年間の協議で解決するとした。
 米国家安全保障会議(NSC)の欧州ロシア担当上級部長を務めたフィオナ・ヒル氏らは米外交専門誌フォーリン・アフェアーズで、ロシア、ウクライナ両国は(1)ロシア軍が侵攻前の地点まで撤兵(2)ウクライナはNATO加盟放棄を約束(3)NATO加盟の代わりとして、関係国により今後の安全を保障される―ことを柱とした和平合意で暫定合意していたことを明らかにした。先のウクライナ提案を基にした合意とみられる。
 一方、プーチン・ロシア大統領は2023年6月17日のアフリカ諸国との首脳会談で、暫定合意したとされる18項目からなる和平文書を首脳らに見せた上で「(合意に基づき)ロシア軍がキエフ(キーウ)周辺から撤退した後に、ウクライナが一方的に合意を破棄した」と主張した。
 では、なぜイスタンブール交渉後、和平への機運が急速に失われることになったのか。
 ▽ロシアの関心
 交渉から1年以上たった2023年11月、ウクライナ交渉団を主導した同国与党「国民の奉仕者」議員団代表のダビド・アラハミア氏が民放1プラス1の人気トーク番組(同月24日放送)に出演し、「ロシアが求める中立化を受け入れれば戦争は終わっていた」と交渉の中身を明らかにした。
 同氏によると、交渉でロシアが最も関心を持っていたのは「ウクライナが中立の立場を受け入れ、NATOに加盟しないこと」だった。「彼らにとって最重要事項で、ウクライナの非ナチ化やロシア語の公用語としての保証は表面的な要求だった」という。
 ▽英国首相の訪問
 番組ホストのナタリヤ・モセイチュクさんが「なぜ合意しなかったのか」と尋ねると、アラハミア氏は一瞬の沈黙の後、「第一に憲法改正の必要があったからだ」と応じた。ウクライナは2019年、NATO加盟を「国是」として憲法に盛り込んでおり、加盟放棄の場合、同条項を修正しなければならない。
 同氏はさらに「ロシアが合意を100パーセント守るとの確信がなかった」とした後、直後にジョンソン英首相(当時)がキーウを訪問し「英国はロシアとどんな合意も調印する気はない。共にロシアと戦おう」と主張したことが交渉崩壊の一因だったことを明らかにした。さらに「複数の西側同盟国が(NATO加盟とは異なる)一時的な安全保障に合意しないよう」ウクライナに助言したとも語った。
 ジョンソン氏はイスラマバード和平交渉翌月の4月9日、キーウを予告なしに訪問し、ゼレンスキー大統領らと会談していた。
 ウクライナ紙「ウクラインスカ・プラウダ」は2022年5月5日、ジョンソン氏がゼレンスキー大統領に「プーチン大統領は戦争犯罪者であり、交渉相手ではない」「もしウクライナがプーチン氏と安全保障文書で署名するつもりでも、西側はしない」とのメッセージを伝えたと報じていたが、今回のアラハミア氏の発言はこうした報道を裏付けるものとして注目された。
 同紙によると、ジョンソン氏がウクライナ訪問を終えた3日後には、プーチン大統領は「ウクライナとの交渉は袋小路に陥った」とこれまでの楽観的な見方を一変し、交渉が崩壊したことを示唆した。
 ▽独元首相の証言
 和平交渉に関して明らかになった、もう一つの証言がシュレーダー元ドイツ首相のものだ。同氏はプーチン大統領との親密な関係が知られ、政界引退後には一時、ロシア国営石油最大手ロスネフチ会長も務めた。今回の和平交渉では、ロシアとのパイプ役を期待され、ウクライナ側の依頼で仲介役を務め、プーチン大統領とも会談した。
 シュレーダー氏は2023年10月21日のドイツ紙ベルリナーツァイトゥングとのインタビューで、和平交渉がほぼまとまっていたにもかかわらず「ウクライナでの消耗戦を続けさせることでロシアをさらに弱体化させることを望む」米国が合意受け入れを拒否したと語った。拒否の背景には、ロシアは弱体化しており、今がロシアを追い込むチャンスだとの米国側の誤算があったという。
 2022年4月初めに明らかになり、ウクライナ側が態度を硬化させたことで、和平交渉崩壊の原因にもなったと指摘されるブチャの事件の影響については、「平和交渉の大半が、ブチャの事件が明らかになる前に終わっていた」と指摘した。
 ▽拒否できなかった
 米英の反対があったとしても、ウクライナだけで単独でロシアと和平合意を結ぶことはできなかったのか。
 アラハミア氏のインタビューが波紋を広げた翌日の11月25日、ウクライナの人気ニュースサイトで政権批判で知られる「ストラナUA」はインタビューに関する長文の論評を掲載した。
 この中で、同メディアは、ウクライナ政府が主張し、広く信じられているブチャ事件の影響について、ゼレンスキー大統領自身が事件発覚後、交渉継続の必要性を唱えていたことを指摘、影響は決定的ではなかったと主張した。
 その上で「(ウクライナが必須と考えた)自国への安全保障について、ロシアや中国だけが行い、(米英など)NATO諸国が拒否すれば、ウクライナと西側諸国との間の完全な関係断絶につながる。ゼレンスキー大統領はそんな行動はとれなかった」として、当時の米英の対応が交渉に決定的影響を与えたと断定した。
 最新の世論調査で半数近くの国民が戦争について「交渉を通じての解決策模索」を求めていることが判明したが、同メディアは「(交渉当時と比べ)現在はウクライナの交渉上の立場は悪くなった」とのアラハミア氏の言葉を引用し、ロシア軍撤退はもはや望めず、ウクライナの選択は長期間に及ぶ戦争の継続か、現在のロシアの支配地域を認めた上での停戦しかなくなったとの見方を強調した。
 ▽数十万人が救われたはず
 ロシアの歴史学者メジンスキー氏は「ロシアの歴史・文化は西欧のそれと比べ全く劣っていないどころか、優れている」とする国粋主義的発言を発信することで人気を博し、プーチン氏の信任を得て文科相などを歴任、ウクライナとの和平交渉団長との大任を任された。
 同氏はアラハミア氏の証言を受け11月28日、「もしゼレンスキー大統領が当時、和平合意に署名していれば、数十万人の自国の兵を救えただろう」と主張、ウクライナと、同国に合意拒否を働きかけた米英を批判した。

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