テーマ : シニア・介護・終活・相続

コラム窓辺 介護は突然に(水野裕央/日本銀行静岡支店長)

 その日は突然やってきた。2010年6月の朝、母のパート先からの連絡を受け、実家へ電話をすると数十回のコールの後つながった。聞こえたのは、カタカタという音だけ。実家へ車を飛ばした。
 玄関の扉を開けると、倒れている母の姿。その手は電話のコードをつかんでおり、カタカタという音は、必死で電話をとり、何かを伝えるためにコードをまさぐる音と分かった。
 脳梗塞だった。当初右半身まひで先行きが不安だったが、1年程度の懸命なリハビリで運動機能は回復した。ただ、失語症と失行の後遺症が残った。
 発語、筆談、計算などができず、母の必死な意思表示の声は、私には分からない。私が言うことも完全に理解できていないようだ。突然会話が奪われ、想像力と工夫の意思疎通となった。「ありがとう」「嫌だ」だけ片言で出るのは奇跡だろう。
 元々気難しい性格だったこともあり、ヘルパーを拒否したり、デイサービスで苦手な方がいたりして、各種支援を受けるのは諦めた。
 介護施設の利用もあり得たが、母は「貧しい家庭でも子供に教育だけは残したい」と必死で働いて学費を捻出してくれ、今の自分があるのはそのおかげと考え、自ら介護を決意した。
 平日は、食卓にフルーツなどの食料をそろえれば、テレビを見て過ごしている。週末には買い物や観光に連れ出しているが、富士山のある生活を喜んでいるようだ。
 私の場合は、経済的な自立や職場の理解で何とかなっているが、今後、少子高齢化の進行により、ヤングケアラーと言われる子どもたちなどを支援していく環境づくりがますます重要となってくる。
(水野裕央=みずのひろお/日本銀行静岡支店長)

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