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【ロシアのウクライナ侵攻2年】世界経済の亀裂深化も 「選挙イヤー」の影響注視 ニッセイ基礎研究所常務理事 伊藤さゆり

 ロシアのウクライナ侵攻が始まって2年が経過し、世界経済に生じた亀裂は深まった。

伊藤さゆり・ニッセイ基礎研究所常務理事
伊藤さゆり・ニッセイ基礎研究所常務理事

 冷戦後に一体化されたグローバル経済は、2010年代半ばには、その反動から転機を迎えた。
 そして、コロナ禍とウクライナ戦争が起き、世界中に張り巡らせたサプライチェーン(供給網)が影響を受けるリスクを軽減する「デリスキング」の動きが、米欧日の西側諸国で本格化した。補助金などを使った産業政策と輸出、投資に関する規制を強化し、ロシアをしのぐ強権国家の中国を念頭に置いた対抗手段をそろえた。
 デリスキングは西側の対ロ経済制裁と同様、相手国が対抗措置を講じることで反作用が増幅される。第三国が迂回路になれば、期待通りの効果を得られず「勝者なき戦い」となる恐れがある。
 世界各地で選挙が相次ぐ24年、亀裂は一層深まる可能性がある。経済安全保障の観点から、規制する領域を絞って厳重に管理する「スモールヤード・ハイフェンス」が望まれるが、製造業復活に向けた産業政策や輸入制限は有権者の受けが良く、「選挙イヤー」の今年は領域が拡大しやすい。
 拡大のリスクを高めるのは、11月に大統領選を控える米国のトランプ前大統領の復権ばかりではない。6月に5年に1度の欧州議会選を予定する欧州連合(EU)でも、環境などの規制の緩い国からの輸入増に断固たる対応を求める圧力が強まっている。
 今秋には日本で自民党総裁選も予定されている。
 西側諸国とロシア、中国の相互不信は根強い。世界経済の亀裂が今以上に広がるのを防ぐには、過度なデリスキングに歯止めをかけることが有効だ。だが西側は選挙イヤー中に政治的な立場を弱くする中ロへの妥協はしづらく、事態打開の糸口を見つけるのは難しい。
 このほか、世界経済の先行きへの「期待バイアス(甘い期待)」が膨らみ、経済悪化のリスクを見逃していないかという点も気がかりだ。
 米国経済は強力な利上げにもかかわらず、底堅さを保ち「独り勝ち」の様相を呈している。大胆なコロナ対策や産業政策が奏功したためだ。市場関係者の間では、インフレ鈍化による利下げへの転換で経済の後退局面入りは回避される、との期待が高まっている。
 しかし国内産業保護をはじめとした米国の内向き政策は、インフレの沈静化や利下げを困難にし、先行きの景気後退リスクを高める恐れがある。
 欧州経済は米国よりも脆弱で、社会的不満の蓄積と政策の内向き化が、インフレと金融引き締めの長期化につながる公算は米国以上に大きい。
 一方で、中国は需要不足からデフレに陥る懸念が広がっている。昨年夏以降、財政・金融政策や不動産市場対策を強化し、景気の底割れは回避されるとの見方が出ているが、ここでも期待バイアスが働いていないか。
 日本経済は米欧の対中デリスキングによる投資分散の恩恵を受けるとの期待もあるが、楽観的に過ぎるだろう。直接投資を通じて緊密な関係を築いてきた日本にとって、弱すぎる中国経済が及ぼすリスクは、強すぎる場合と同じく大きい。
   ×   ×   
 いとう・さゆり 1965年、三重県生まれ。早稲田大政治経済学部卒。日本興業銀行(現みずほ銀行)に入行後、ニッセイ基礎研究所に移り、2023年から現職。専門は国際経済。

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