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【公立学校教員の給特法問題】廃止は十分条件でない 被害受けるのは社会全体 東京大教授 金井利之

 「働き方改革」として長時間労働の是正が全業種で問題になっている。しばらく猶予されていた医療業界や運輸・建設業界でも、いよいよ待ったなしの状況である。世の中で最も放置されているのが公立学校教員の世界であるが、ようやく中教審で議論が始まった。

東大教授の金井利之氏
東大教授の金井利之氏

 公立学校教員には残業代(超過勤務手当)が支給されない。超過勤務手当を出さない代わりに、給与の4%分が教職調整額として上乗せされている。これを定めるのが教員給与特別措置法(給特法)である。
 制定当時の勤務実態調査で、勤務実態が定時より大まかに4%程度長いだろう、という想定に基づいて決められた。
 残業代を払うからこそ使用者側は仕事を精選することを考えざるを得ない。しかし、残業代という追加費用がなければ、いくらでも安易に仕事を増やせる。このため「定額働かせ放題」と呼ばれてきた。
 残業代を支払うならば、使用者側も労働者側も労働時間を把握・報告しなければならない。ところが、給特法の下では超過勤務手当を出さないので、長時間労働の実態を真剣に把握するメカニズムがない。実態を把握していないから、長時間労働を是正するための出発点にすら立っていない。
 この無責任構造を前提に保護者も地域社会も、自治体首長・議会・幹部職員も、メディア・ネットも、文部科学省も政権与党・官邸も公立学校に仕事を押し付けてきた。
 その結果、教員は多忙化し、教育活動は粗雑になり、それ故に事件が多発し、ますます仕事が増える。教員は疲弊して心身を病み、休・退職者が増え、若者からの就活での教員人気は下がる。
 悪循環的に現場の疲弊が加速している。「安かろう悪かろう」の教育で被害を受けるのは、直接には児童生徒・保護者であるが、めぐりめぐって日本社会全体である。
 長時間・低賃金労働という労働破壊は、公立学校教員の世界に限らず、バブル崩壊後の日本経済では、さまざまな業界業種で見られる病理である。これを是正するのが働き方改革の目的だが、その実現は容易ではない。
 人件費削減のみがもてはやされてきたからである。給特法以外にも、さまざまな方法で長時間・低賃金労働の「あしき工夫」が開発されてきた。サービス残業や名ばかり管理職、裁量労働制、変形労働制、派遣・非正規雇用など枚挙にいとまがない。依然として人件費削減優先の発想は民間でも消えていない。
 給特法は、公立学校教員の長時間・低賃金労働という目的を実現する一つの手段である。そこで、給特法廃止は必要条件である。しかし、十分条件ではない。サービス残業や自主研修扱いなど、他にも手段があるから、同時にこれらを封じなければならない。
 中教審・政府与党は、教育は崇高かつ特殊であるなどと精神論を展開して、給特法の維持に傾いているようである。
 教育が重要ならば、むしろ高い給料を払うべきである。併せて、教員が健全に働ける時間には限界があり、労働時間に上限を課すことも不可欠である。つかみ金(教職調整額など)の増額という取引材料で、長時間労働を放置してはならない。
 中教審・政府与党は、教員の長時間労働を抑制するために、教員の担ってきた仕事を、教員以外の非正規職や地域ボランティアに委ねようとしている。しかし、他者に委ねるとかえって調整業務が増え、教員負担は減らない。さらに官製ワーキングプアや下請け無償ボランティアに長時間・低賃金労働が転嫁される。教員が他者にしわ寄せして、自分たちだけが楽になればよいはずはない。
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 かない・としゆき 1967年群馬県生まれ。東京都立大助教授を経て、2006年から東京大法学部教授。専門は自治体行政学。

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