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【日本の未来】茂木友三郎さんに聞く 企業活動も難しい時代 リスクを取らなきゃ成長はない、政治改革は人任せは駄目

 地域紛争が泥沼化し、長らく「平和」を当たり前のものとして織り込み経済に集中してきた日本でも人々の心中に先行き不安が広がっている。この先どうなるのか。ビジネスを通じて長く世界と日本の変化に目を凝らし、89歳になった今も「令和国民会議」(令和臨調)共同代表を務め活発な問題提起を続けるキッコーマン名誉会長の茂木友三郎さんに、臨調第1期の折り返し地点を過ぎたところで話を聞いた。(聞き手 共同通信編集委員・宮野健男)

インタビューに答える茂木友三郎さん
インタビューに答える茂木友三郎さん
自民党派閥裏金事件を巡り、衆院予算委で追及を受ける岸田文雄首相
自民党派閥裏金事件を巡り、衆院予算委で追及を受ける岸田文雄首相
衆院政治倫理審査会で自民党派閥の政治資金パーティー裏金事件について謝罪する岸田首相
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自民党の政治刷新本部会合。奥中央はあいさつする岸田首相
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インタビューに答える茂木友三郎さん
自民党派閥裏金事件を巡り、衆院予算委で追及を受ける岸田文雄首相
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 ▽失われた30年

 ―世界情勢が不安定の度を増し、企業活動も困難が増しているのではないですか。

 「実に難しい時代になりました。米ソ冷戦時代とも、また様相が違って、あちこちで戦火が上がっています。日本の周辺でも、台湾を巡り緊張が高まっています」

 「私は子どものころ、戦争を経験しています。終戦の時に小学5年生でした。戦争の怖さが肌感覚として残っている世代です。今の状況は大変不気味な感じがしています」

 ―日本経済も、自動車メーカーの認証不正など企業不祥事が頻発し、ほころびが目立ちます。バブル経済崩壊後の「失われた30年」と関係があるのでしょうか。

 「1980年代、日本の製造業は世界の頂点を極めました。日本製=高品質というイメージが定着しました。バブル後も品質への評価は保っていたと思います。ですが低迷期が長くなるにつれ、だんだん問題が出てきました」

 「世界市場を席巻していた時代の日本のものづくりには、高品質を実現することへの使命感や誇りがありました。しばらくはバブル期の余韻が続きましたが、それもなくなっていく中で使命感や誇りが失われていったのではないでしょうか。もろもろ起きていることは深刻だと思います」

 ▽成長阻んだ低価格原理主義

 ―何が日本の成長を阻んできたのでしょう。

 「低価格原理主義だと思います。ダイエーの中内功さんが流通革命で価格破壊を起こしました。日本の流通業界は構造的に無駄な部分が多く、コストがかさんで消費者が高価格を強いられていた。中内さんは無駄を徹底的に排除して低価格を実現しました。消費者のために良いことをしたのです。素晴らしい功績です」

 「中内さんにならって多くの企業がコスト削減に取り組み価格競争力を付けました。そこまでは良かった。問題はその先で、無駄がなくなった後も安売りを続けてしまいました。コストが上がっても価格に転嫁しないのがモラルの高い経営なんだ、値上げは悪だという考え方が経営者の中に浸透しました。その中で賃金も抑えられてきた」

 「ここ2~3年は値上げラッシュですが、それまで多くの企業が長年にわたって価格を据え置いていました。欧米では考えられない経営でした」

 ―グローバル企業にとって、日本はどんな市場でしたか。

 「キッコーマンは1957年に米国に販売会社をつくりました。1967年に米企業と提携して現地でしょうゆの瓶詰めを開始し、ウィスコンシン州に工場を造って1973年から現地生産を始めました。収益の大半が海外のため、日本市場の価格競争の影響は比較的小さく済みました」

 「日本は利益を上げるのが難しい市場でした。米国などの自由主義型の市場経済とは異なる性質がありました」

 ▽修正重ね続いてきた資本主義

 ―中国の強大化や市場経済の副作用の拡大を背景に資本主義の危機が言われています。

 「歴史を見れば過度な悲観論に立つ必要はないというのが私の見解です。資本主義は大きな潮流変化を繰り返してきました」

 「私が米コロンビア大のビジネススクールに留学していた1960年代、旧ソ連の経済成長に勢いがありました。米国では『社会主義経済にやられてしまうのではないか』と本気で心配する声が強まっていました」

 「社会主義より資本主義の方が魅力的だと思ってもらうため、ステークホルダー(利害関係者)を尊重する分配重視の考え方が主流になり、ビジネススクールでは企業の社会的存在意義を教える経営哲学が必修科目になりました」

 「レーガン大統領によるレーガノミクスでは、ベトナム戦争で疲弊した米国が強い経済を取り戻すため競争が重視され、それが世界の大きな潮流になりました。新自由主義という言葉が広まりました」

 「それが行き過ぎて格差などのゆがみが大きくなると、再び分配重視の方向に修正が入りました。岸田政権の『新しい資本主義』はこの流れに沿ったものです」
 
 「市場には調整力が内在しています。経済の活力が低下してくれば競争が喚起され、過当競争で弊害が大きくなれば修正が入る。資本主義はそうやって続いてきました」

 ▽経営トップの世代交代に期待

 ―日本経済が再び成長するために何が必要でしょうか。

 「リスクを取ることです。この30年、日本の経営者はリスクを取ることにあまりにも慎重でした。総じて大きなチャレンジをしませんでした」

 「現在社長をしている人たちの世代は、若手や中間管理職のころにバブル景気とその崩壊の両方を経験しました。大企業が続々つぶれ、経営者が引責辞任で退場していく姿をたくさん見たわけです。その後、リーマン・ショックもありました」

 「多くの破綻劇がトラウマになって、あんなことだけはごめんだという心理になったと思います。調子に乗ってはいけない。攻めより守り。失敗しないよう安全に安全に、となったのはある程度仕方なかったと思います」

 ―世代交代が反転の鍵になりそうですね。

 「社会に出た時点で既に低迷期だった世代は、好景気を経験していない分、崩壊への恐怖心がありません。これから社長になる人たちは、この世代です。積極的にチャレンジすると思います。多くの企業でトップの世代交代が進めば、経済界の雰囲気も変わっていくはずです」

 ▽政治不信が極まる

 ―自民党の派閥による裏金事件で政治不信が極まっています。

 「政治における『失われた30年』の姿です。政党改革を起点に制度を洗い直し、今度こそお金のかからない政治に変えなければならない。令和臨調でも議論が本格化しています。事ここに至り国民は無関心や人任せではいけません」

 ―かつての財界は政界にもの申す存在でした。

 「その観点では経済界にも責任はあると思います。政治家と経済人は、国のマクロなテーマを活発に議論すべきです。政財界が率直にものを言い合える関係は大事です」

 ▽萎んだ二大政党制の夢

 ―強い野党がないことも問題です。

 「2009年の衆院選では民主党が大勝して本格的な政権交代が起きました。日本にも政権交代可能な二大政党時代が到来したと沸きましたが、いざ始まると難しかった」

 「民主党の人たちは政府組織の運営に不慣れで、役所を自民党と一体と敵視しているところがありました。官僚を包み込む包容力が欲しかった。大きな方向を政治が示し、官僚が細部を詰める役割分担が機能しないと政策は進みません」

 「民主党は自分たちのどこがいけなかったのか分析して改善する必要がありましたが十分でなかったようです。立憲民主党は反対や批判どまりの万年野党的な体質に逆戻りしてしまいました。政権運営を経験して実力もあるのに引っ込んでしまった人がいるのも、もったいないと思います」

 ―投票率の非常に低い選挙が目立ちます。

 「国民の政治に対する諦めの表れでしょう。政治の質を上げないといけません。政界は世襲の影響もありますが新陳代謝が足りません」

 「私は政党が各選挙区の候補者を予備選で決める方式を全面導入したらいいと思います。志のある非世襲の新人が立ちやすくなる。有望な人材を担ぎ出す動きが若い世代で出てくると面白い。選挙に出る人、投票に行く人が増えれば政治の質は上がります」

 ―選挙制度についてはどう考えますか。

 「小選挙区制は政党対政党。政策本位という点で中選挙区制より好ましいと思います。政権交代の受け皿として有権者が信頼できる固まりができれば、小選挙区制の優位性が認識されるのではないでしょうか」

 ▽人口減少加速の危機

 ―重大な課題が山積している今、政治の停滞は国の危機です。

 「国内では、何をおいても人口減少をどうするか。国の予測は2100年の総人口が6300万人。経済界や研究者らでつくる人口戦略会議が先ごろ、これを8千万人にしようと提言しました。国を維持するため減り方を抑えなければなりません」

 「日本は移民政策に慎重ですが、将来的には総人口の1割~1割半程度まで増えるのではないでしょうか。しかし日本に魅力がなければ外国人も来ません。人口が減れば市場も縮みビジネスチャンスも減りますから。やはり日本人の子どもを増やすことが必要です。もっと早い段階で対策を始めるべきでした」

 ▽米国の変容

 ―秋の米大統領選で自国第一主義を前面に掲げるトランプ氏の再選が現実味を帯びてきました。

 「米大統領選は結果を決めてかかる段階ではありません。自国第一主義は、どの国にも潜在する心理ですが、米国の歴代指導者は世界のリーダーとして自制し、応分の負担をしてきました」

 「一方、米国内には、世界のことより国内をなんとかしろという声もあります。製造業の衰退で暮らしが悪くなった白人中産階級に鬱積(うっせき)していた不満がトランプ氏に集約され、トランプ氏の言動と相まって強く出ている面がある」

 「いずれにせよ日本は、どういう展開にも適切に対応できる準備をすることに尽きます。安倍晋三さんはトランプ氏とうまく付き合いました。変に構えず自然体で向き合ったと安倍さん自身に聞いたことがあります」

 ―長く米国を見てきて変化を感じますか。

 「私がコロンビア大のビジネススクールに留学していた時、ちょうどケネディ対ニクソンの大統領選がありました。1960年です。40代の青年政治家同士の戦いに国中が熱狂しました。テレビ討論の時間には寮のロビーに学生が群がり大騒ぎでした。民主主義の熱気を全身で感じたものです」

 「当時からすると、米国も老いました。若い人がもっと出てくるといいと思って見ていますが、お金がかかり簡単ではないと聞きます。お金がかかる政治の問題は日本だけではないようです」

 ―世界で紛争が拡大しています。

 「第3次世界大戦に発展する事態は人類の知恵で避けるでしょうが、局地戦が増えるリスクはあります。日本は日米同盟の基盤の上に自助努力で防衛力を高める必要があります。その際、欧州の水準は参考になるでしょう。膨張し過ぎないよう一定の目安は必要です」

 ▽悲しいGDP4位転落

 ―日本は2023年、名目国内総生産(GDP)で世界4位に順位を落としました。

 「誠に悲しいことです。国力が落ちている、国民の生活水準が落ち幸福が毀損(きそん)されているということですから。リスクを取らずにきた結果です。企業も単純な成果主義でなく、挑戦を評価する思考が必要です」

 ―人口減少時代、日本は挽回可能でしょうか。

 「付加価値をどこまで高められるかに尽きます。単に人口の問題でないことは、失われた30年を見れば分かります」

 「挽回は可能ですが、相当な努力が必要です。この程度でいいと思っていると、どんどん貧しい国になる。国民一人一人が自分事として危機感を持ってほしいと思います」

 ▽茂木友三郎さん略歴

 もぎ・ゆうざぶろう 1935年千葉県生まれ。キッコーマン創業8家の出身。1958年慶応大卒。キッコーマン入社。1961年、米コロンビア大経営大学院修了。1995年社長最高経営責任者(CEO)、2004年会長CEO、2011年から取締役名誉会長・取締役会議長。

 2014年、故牛尾治朗氏の後を受け日本生産性本部会長に79歳で就任。政官財の交流活性化や若い人材育成に力を入れている。2022年6月から令和国民会議(令和臨調)共同代表。著書に「国境は越えるためにある」など。

 ▽「取材後記」挑戦の意志失いモラル低下、再起可能な社会に

 茂木友三郎さんは今も毎日働き、ハードなスケジュールをこなす。タフな経済人だ。今回、3回にわたり長時間のインタビューに応じてくれた。

 対話の中でたびたび「失われた30年」に話が及んだ。そのたびに強調したのが、リスクを取らずして成長はないという信念だ。挑戦する意志を失った社会はモラルが低下し、腐敗するという分析だろう。

 昭和10(1935)年生まれ。同年生まれには、2月に亡くなった指揮者の小澤征爾さんや、作家で旧経済企画庁長官を務めた故堺屋太一さん、プロ野球の故野村克也さんら異彩を放つ才人が各界に多い。

 戦後勃興した日本企業が世界市場に次々挑み、苦労しながらグローバル企業の地位を確立した。伝統産業の家業を継いだ茂木さんもまた、海外展開を積極的に進め、しょうゆを世界共通の調味料に発展させた。

 リスクを取り、貪欲に挑戦して日本を世界第2位の経済大国に押し上げた世代として、守り一辺倒だった30年間はもどかしくて仕方なかったに違いない。

 人口減少の進行が不可避な日本社会が活力を取り戻すのは容易でない。そんな中にあって、新しいことに挑戦する人は成長の貴重な芽だ。

 意志のある人たちが挑戦しやすい社会、失敗しても再起可能な社会でなければならないと課題認識を新たにした。(共同通信編集委員 宮野健男)

 ▽言葉解説(1)「令和臨調」

 経済界や有識者ら100人超でつくる民間の政策提言組織。正式名称は「令和国民会議」で、2022年6月に発足した。キッコーマンの茂木友三郎名誉会長、佐々木毅東京大元学長ら4人が共同代表。

 政治改革、財政・社会保障改革、人口減少を踏まえた国土構想の3テーマについて3年を1期として議論している。

 民間臨調は、根拠法に基づき設置される臨時行政調査会とは異なる。1990年代に「民間政治臨調」が政治改革で積極的に活動。「21世紀臨調」が引き継いだ。

 ▽言葉解説(2)「日本の総人口」

 厚生労働省の国立社会保障・人口問題研究所の予測では、2056年に1億人を切り、2070年に8700万人まで減少する。ピークの2008年(1億2808万人)から3割以上減る計算だ。

 働き手の中心となる15~64歳は2023年9月現在の7392万人から4535万人と約4割減となる。外国人の割合は、現在の2%超から1割まで増加する見通し。

 厚労省が2月に発表した2023年の出生数は過去最少の75万人。これに対し死亡数が2倍以上の159万人となり、人口減少の加速が鮮明になった。

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