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【訪問介護報酬引き下げ】人手不足や撤退に拍車も 自宅で生活継続困難に 高野龍昭 東洋大教授

 2024年度の介護報酬改定において、訪問介護の基本報酬が引き下げられることが発表され、現場から不満と反発の声が次々と上がっている。

高野龍昭・東洋大教授
高野龍昭・東洋大教授

 訪問介護員の不足や事業所撤退の増加など、訪問介護を巡る状況が厳しさを増しているからだ。このままの状況が改善されなければ、高齢者は自宅での生活を継続することが難しくなる。
 訪問介護は高齢者の在宅生活継続のための最も重要な介護サービスのひとつだ。訪問介護員は高齢者の自宅を日々訪問し、身体的な介護や家事の支援を行い、暮らしに寄り添う。
 しかし、その事業者の閉業・倒産が増えており、その要因が人材不足である場合が少なくない。
 近年の有効求人倍率は15倍前後で推移し、平均給与は全産業平均を月額で7万5千円ほど下回る。訪問介護員の平均年齢は50歳を超え、60歳以上が4割近くを占める。
 この問題に対し、事業者団体は「介護報酬の水準が低いためだ」と訴える。介護報酬は介護保険関係法令に基づいて厚生労働相が定め、3年ごとに改定が行われる。他の介護サービスと比べ、確かに訪問介護の報酬額は低水準が続いている。
 介護報酬はいわゆる公定価格であり、事業者は収入のほとんどをこれに頼る。訪問介護は人件費率が7割を超える労働集約型の事業で、介護報酬の水準が訪問介護員の給与を直接左右する。
 19年には3人の訪問介護員が、低賃金で劣悪な労働条件を強いられるのは、厚労省が規制権限を行使しないためだとして、国家賠償請求訴訟を起こした。
 今年2月の控訴審の高裁判決では、訴えそのものは棄却されたものの、訪問介護の賃金水準改善と人材確保が長年の政策課題とされながら、それが改善されていない点については認定された。
 厚労省も無策であったわけではなく、補助金や介護報酬の加算策による処遇改善策を積み重ねている。
 ところが、今回の報酬改定では訪問介護の基本報酬が引き下げられることになった。サービス付き高齢者向け住宅などで効率良くサービス提供を行う事業所の利益率の高さが影響したとみられる。
 改定後の実際の収益を試算してみると、同時に処遇改善加算が引き上げられるため、事業収入全体が減収となる事業者は限定的だと推測できる。
 だが、基本報酬はその介護サービスの価値を表し、経営支援の原資ともなるため、事業者と訪問介護員の意欲をそぐことになる。
 すでに、都市部では訪問介護員が不足し、依頼を断らざるを得ない事業者もある。逆に地方、特に中山間地域では高齢者人口の減少と訪問のための移動の非効率性という問題から、経営が成り立たない事業者も多い。
 この状況が続けば、高齢者は地域の中で生活することができなくなる。
 訪問介護は今や社会的インフラと言ってよく、政府・自治体、そして市民もその支援をわが事として行うべきである。
 同時に、その支援や介護報酬の水準を引き上げるためには、税や保険料の国民負担を増やす議論は避けられない。従前からの「給付の縮小」「利用者負担の拡大」という見直し策では限界がある。現下の経済・財政状況では、介護保険制度自体の持続可能性が危ういのである。
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 たかの・たつあき 1964年、島根県生まれ。86年から福祉・介護の実務を経験し、2011年から東洋大准教授。23年から現職。社会福祉士・介護支援専門員。専門は介護福祉学。

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