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「記者書評」・町屋良平著・「生きる演技」 身体感覚で迫る暴力の本質

 私たちは皆、自分自身を演じながら生きている。学校でも職場でも家庭でも。無意識であれ意識的であれ、与えられた役割や期待に体や心が従順に反応してくれれば、表面上日々はうまく回る。しかし、心身はいつも従順とは限らない。

「生きる演技」
「生きる演技」

 本作は、体や心に生じる違和感やままならなさを、えぐるように描き続けてきた著者の集大成的な長編。得意な青春小説に「暴力」と「戦争」という重厚なテーマを織り込み、身体感覚を手がかりにしながら、圧倒的な熱量でその本質に迫った。
 主人公は元“天才”子役の生崎と、空気の読めない“炎上系”俳優の笹岡。高校で出会った2人は、性格は正反対ながら、親を憎み、家族を許せないという共通点があった。やがて2人は、学校の文化祭で戦争の惨劇を演じるが…。
 不幸な形で実母を亡くし、複雑な家庭環境で育った生崎は周囲に本心を見せない。しかしカメラの前で演技をすることは好きだ。「ひとのつくった物語のなかに生きているほうが楽で居やすい。人生はキモい」からだ。
 一方、教室では周囲から浮きがちな笹岡は生崎の才能を敬いつつ嫉妬も覚え、こう感じている。「(生崎は)他の人が見えないものを見ている。ここにいないものに影響をもらって、どういう作用か知らないが演じるちからに変えている」
 2人が文化祭で演じたのは、地元の東京・立川で終戦直前に起きた米軍捕虜虐殺事件の戯曲。一般市民に捕虜の公開処刑を命じた憲兵役を担った生崎は、劇中で殺せと命じるか、やめさせるべきかの判断を迫られる。
 ここからが圧巻。それはもはや「演技」ではなく、やがて生崎は演者ですらなくなり、土地の記憶や戦時中の「空気」までもが継ぎ目なしに響き合う重奏曲となる。
 密度が濃く、突然人称が変わりもする独特の文体に最初は面食らうが、音楽を聴くように身を任せると、この形でしか伝わらないものが確かにある、と感じられる。(安藤涼子・共同通信記者)
 (河出書房新社・2475円)

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