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【米国のスポーツ賭博】不正摘発、業界に依存 公正さ保持のジレンマ 江戸川大教授 神田洋

 米大リーグ、ドジャースの大谷翔平選手の通訳が違法なスポーツ賭博の発覚で解雇された。大谷選手も巻き込んだ衝撃的ニュースを複雑にするのは、米国のスポーツと賭博の緊密な関係である。

米大リーグ、フィリーズの本拠地スタジアムに表示された大手スポーツ賭博会社の広告=2022年7月(ゲッティ=共同)
米大リーグ、フィリーズの本拠地スタジアムに表示された大手スポーツ賭博会社の広告=2022年7月(ゲッティ=共同)
神田洋・江戸川大教授
神田洋・江戸川大教授
米大リーグ、フィリーズの本拠地スタジアムに表示された大手スポーツ賭博会社の広告=2022年7月(ゲッティ=共同)
神田洋・江戸川大教授

 昨年4月3日、レッドソックスの吉田正尚選手が大リーグ初本塁打を放った。打球は本拠地フェンウェイ・パークの「ベットMGM」と書かれた左翼フェンスを越え、外野席の「ドラフト・キングス」の看板の左に落ちた。ともに20州以上で合法な大手スポーツ賭博会社である。
 大リーグ機構(MLB)は各球団がこれらの賭博会社をスポンサーとすることを認めるだけでなく、ベットMGMとファンデュエルの2社とはリーグとして複数年契約を結び、映像の優先的な使用などを認めている。つまりMLB公認の賭博会社があるのだ。
 ドジャースが本拠を置くカリフォルニア州はスポーツ賭博を認めていない。だがインターネットの賭博サイトが「賭場」となっている現状で、州境に意味がないのは明らかだ。今回、MLBが最も問題視しているのは(どの州でも)違法な賭博組織を通じて賭けが行われたことだろう。
 スポーツ専門局ESPNが3月20日の報道で指摘したのは、違法賭博のわなである。合法賭博は実際に金銭を支払わないと賭けができない。それに対して違法な賭博組織は後払いを認める。
 合法賭博では、第三者から金を借りることはあっても、賭博会社に借金することはない。対して違法な賭博の場合は、負けが続けば胴元に借金をする羽目になる。大谷選手という“担保”がある専属通訳なら、それが簡単に億単位まで膨れ上がるわけである。巨額の借金が不正の土壌となる可能性があることは容易に想像できる。
 賭博が不正につながる危険を承知していても、欧米の人気リーグはもはや賭博と縁を切ることができない。財源としてだけでなく、競技の公正を保つためにも賭博会社の助けを借りているからである。
 MLBと契約し、いわゆる八百長の監視をするUSインテグリティは、賭けの公正さを保つために賭博業界が創設に関わった会社である。MLB以外にもプロフットボールのNFLなど米四大プロリーグの全てと契約している。
 プレーが不正かの判断は極めて困難である。しかし賭け金の不審な移動は、監視システムさえ構築すれば、容易に追跡できる。しかも試合中の敗退行為だけでない多様な不正に対応が可能だ。
 ESPNは2022年8月の放送でUSインテグリティを特集し、21年のコロナ禍での不正について報じている。大学フットボールで試合前夜から1チームに賭け金が集中。調査をすると、相手チームの複数の主力選手がコロナ感染で出場停止だったという。情報を漏らした用具係が後日解雇された。
 賭け金追跡のためには賭博会社のシステムに頼るしかない。賭博の存在ゆえ不正がはびこるのだが、賭博会社の助けなしには不正の摘発ができない。そのジレンマの末に行き着いたのが、合法な賭博会社に特典を与える一方で、違法な組織を徹底的に排除するやり方である。今回のケースで追及されている理由は賭博への禁忌でなく、管理外での賭博行為なのである。
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 かんだ・ひろし 1966年東京都生まれ。長く大リーグを取材。2017年より現職。専門は米国スポーツジャーナリズム。出版予定のスポーツの社会学事典で「スポーツと八百長」を担当。

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