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【東日本大震災から13年】千年先まで継承を 積み残した課題重く

 「心の底にしまった表現されない心 消えてしまいそうな町並みや いのちの営み 語り継いで のこしたい町民の記憶と葛藤」
 今年の年明け、こんな書き出しのホームページが静かに立ち上がった。主宰するのは一般社団法人・大熊未来塾。東日本大震災で福島県大熊町の自宅が津波で流され、妻と父を亡くし、小学校1年生の次女汐凪さんが行方不明となった木村紀夫さん(58)が、手弁当で運営する組織だ。
 「遺骨が見つかってしまえば(自宅周辺)エリアもなにがしか造成されるはず。だけど、見つかってないことで『そのまま残しておいてください』とお願いできる状況なんです」。木村さんは2月、取材にこう語った。
 汐凪さんが行方不明になった後、自宅周辺は東京電力福島第1原発からの放射線量が高くしばらく捜索できなかった。被災から6年近くになる2016年末、汐凪さんの愛用したマフラーが泥だらけで見つかり、中から小さな骨が出てきた。
 その後も骨の多くは見つかっていない。自宅周辺は除染廃棄物用の中間貯蔵施設になる予定だが、木村さんは捜索を続けながら、原発事故と震災の教訓を語り継ぐ場として活用していく考えだ。
 「どんどん復興が進んで避難指示も解除されています。施設も造られ、そういう部分ばかり発信されている状況だけど、その裏には事実がある」
 木村さんの言う事実。それは「安全神話」の下、未曽有の事故が故郷を奪った過酷な現実であり、放射線の影響で愛する者を捜索することもできなかった苛烈な現実だ。その現実に、13年前の記憶と教訓が後景に退くことへの危機感が交差する。
 「目標は千年先まで伝え続けていくこと」。なぜ千年なのか。木村さんは869年に東北を襲った貞観津波を挙げ、惨劇と教訓を後世に継承する大切さを説く。
 継承と復興の営みが被災地で丁寧かつ地道に紡がれる中、積み残された課題の重さを見つめ、社会全体で解を追求する努力も怠ってはならない。
 昨夏、原発処理水の海洋放出が始まった。「試験操業という形で漁業を再開し、本格的に操業を拡大していこうというさなかに足を引っ張るようなことは避けてほしいというのが正直なところ」。福島県漁業協同組合連合会理事、柳内孝之さん(57)が語る。
 15年に政府と東電が「関係者の理解なしには、いかなる処分も行わない」と約束したにもかかわらずの放出開始だった。
 そんな政府と東電が事故後30~40年とする廃炉目標に柳内さんは疑念の目を向ける。「もし40年で終わらないなら80年なのか100年なのか。廃炉にならない限り処理水はどんどん海に流れる」
 原発を推進する岸田文雄首相に木村さんや柳内さんの声は届いているか。そして彼らの心の底にある葛藤や不安に向き合えているか。(共同通信編集委員 太田昌克)

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