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「おそロシア」のイメージ絵本で変えたい!ウクライナ侵攻下、日本人学者が「ひとり出版社」を立ち上げた理由とは? 1作目はロシア人とウクライナ避難民の交流から生まれた物語

 ウクライナ侵攻でロシアに対するイメージは悪化の一途をたどり、批判の矛先は戦争とは無関係の文化や芸術にも向けられる。そんな風潮に疑問を持った大学のロシア研究者が、ロシアの絵本を扱う「かけはし出版」を立ち上げた。翻訳から出版まで全て1人で担当。昨年12月にはドイツ在住のロシア人絵本作家と、ウクライナ避難民の交流から生まれた第1作の出版にこぎつけた。(共同通信=小島拓也)

ロシアの絵本を扱う「かけはし出版」を立ち上げた藤原潤子さん。手にしているのは1作目に出版した「ぼくのとってもふつうのおうち」=2月21日、神戸市
ロシアの絵本を扱う「かけはし出版」を立ち上げた藤原潤子さん。手にしているのは1作目に出版した「ぼくのとってもふつうのおうち」=2月21日、神戸市
「かけはし出版」を設立した経緯を説明する藤原潤子さん
「かけはし出版」を設立した経緯を説明する藤原潤子さん
ロシアの絵本の魅力を語る藤原潤子さん。作品を出版社に持ち込んでも、断られることが何度もあった
ロシアの絵本の魅力を語る藤原潤子さん。作品を出版社に持ち込んでも、断られることが何度もあった
藤原潤子さんが手がけた「ぼくのとってもふつうのおうち」(中央)。周りもロシアの絵本だ
藤原潤子さんが手がけた「ぼくのとってもふつうのおうち」(中央)。周りもロシアの絵本だ
「ぼくのとってもふつうのおうち」を手に笑顔を見せる藤原潤子さん。「恐ろしいと思われがちなロシアだが、親しみをもってほしい」
「ぼくのとってもふつうのおうち」を手に笑顔を見せる藤原潤子さん。「恐ろしいと思われがちなロシアだが、親しみをもってほしい」
ロシアとの戦闘で犠牲となった兵士らを追悼する旗が並ぶウクライナ・キーウ中心部の広場=2023年12月7日(共同)
ロシアとの戦闘で犠牲となった兵士らを追悼する旗が並ぶウクライナ・キーウ中心部の広場=2023年12月7日(共同)
ウクライナ各地から列車で避難し、西部リビウに到着した人たち=2022年3月4日(共同)
ウクライナ各地から列車で避難し、西部リビウに到着した人たち=2022年3月4日(共同)
「ぼくのとってもふつうのおうち」の作者コンスタンチン・ザテューポ氏=2019年ごろ、ドイツ・ベルリン(Anton Mariinsky氏撮影)
「ぼくのとってもふつうのおうち」の作者コンスタンチン・ザテューポ氏=2019年ごろ、ドイツ・ベルリン(Anton Mariinsky氏撮影)
ロシアの絵本を扱う「かけはし出版」を立ち上げた藤原潤子さん。手にしているのは1作目に出版した「ぼくのとってもふつうのおうち」=2月21日、神戸市
「かけはし出版」を設立した経緯を説明する藤原潤子さん
ロシアの絵本の魅力を語る藤原潤子さん。作品を出版社に持ち込んでも、断られることが何度もあった
藤原潤子さんが手がけた「ぼくのとってもふつうのおうち」(中央)。周りもロシアの絵本だ
「ぼくのとってもふつうのおうち」を手に笑顔を見せる藤原潤子さん。「恐ろしいと思われがちなロシアだが、親しみをもってほしい」
ロシアとの戦闘で犠牲となった兵士らを追悼する旗が並ぶウクライナ・キーウ中心部の広場=2023年12月7日(共同)
ウクライナ各地から列車で避難し、西部リビウに到着した人たち=2022年3月4日(共同)
「ぼくのとってもふつうのおうち」の作者コンスタンチン・ザテューポ氏=2019年ごろ、ドイツ・ベルリン(Anton Mariinsky氏撮影)

 ▽先入観を変えたい
 神戸市外国語大ロシア学科准教授の藤原潤子さん(51)は、現代ロシアの呪術信仰を長年研究してきた文化人類学者だ。大学でロシア語を学び始めて以降、ロシアとの関わりは30年を超える。「中に入れば温かい国」という印象のロシアだが、世間一般のイメージは「暗い」「怖い」「おそロシア」。こうした日本人の先入観に以前から問題意識を持っていた。
 大学でも授業で映画を見せると、学生から「ロシア人も泣いたり笑ったりするんですね。プーチン大統領が笑わないから、ロシア人は笑わないと思っていました」と言われたこともあった。
 2022年2月にウクライナ侵攻が始まると、さらに批判的な論調が目立つようになった。「戦争という一面だけでロシアを見てほしくない」。そんな思いに駆られる中、「自分で何か明るい話題を届けたい」と目を付けたのが絵本だった。
 絵本は大人から子どもまで楽しめる「裾野の広いメディア」だ。ロシアの魅力を広く伝えるためにぴったりと考えた。自身も、大学院生の時にロシアの児童文学を扱う雑誌の編集部でロシアの絵本作家へのインタビューや翻訳に取り組んだ経験もあった。ソ連崩壊後、良質なロシアの作品の翻訳が減っている状況を憂慮していたことも、絵本に注目した理由の一つという。
 ▽ひとり出版社に引かれ
 これまでに出版社から4冊、ロシアの絵本を出している。しかし作品を持ち込んでも、出版できるかどうかの返事すらないこともあった。「ページや文字数が多い」「作者が無名だから採算が取れない」「絵が日本人の好みと合わない」と断る理由を教えてくれれば、まだ親切な対応だった。
 「それなら自分で出版社を作ってしまおう」。出版の可否を自分で決められる「ひとり出版社」に引かれた。絵本は新作でヒットを出すのが難しい。「なぜそんな無謀なことをするのか」と批判もあったが、研究者の本職があり、ベストセラーを出せなくても「著作権料と印刷代さえ回収できれば」と前向きに考えた。
 2023年1月にスタートさせた「かけはし出版」の名前には「ロシアと活発に交流できる日が来る時に備え、文化的な架け橋となるような本を出していきたい」との思いを込めた。
 2022年秋に在日外国人差別をテーマにしたドキュメンタリー映画「ワタシタチハニンゲンダ!」(高賛侑監督)を見たことが、作品選びに影響した。映画では日本の入管施設で亡くなったウィシュマ・サンダマリさん=当時(33)=も取り上げられており、難民に対する扱いのひどさに衝撃を受けた。1作目は「難民問題を絡めたい」と考えるようになった。
 ▽運命的な出会い
 2023年春から夏にかけてキャリーバッグを引いて図書館に通い詰めた。大量の絵本を借り、売れる作品のヒントを探った。国内外を問わず、あらゆるジャンルの絵本に目を通し、「数千冊は読んだ」と笑う。時には自分の小学生の子どもに作品を読み聞かせ、意見を聞いた。こうした中、運命的な出会いをしたのが第一作となる「ぼくのとってもふつうのおうち」だ。
 物語はこう始まる。
 「ぼくたちはながいながいたびをしている。くるまにのって、でんしゃにのって、バスにのって、トラックにのって、ふねにものった」
 「おうち」のある平穏な日常を奪われた避難民の子どもらが、親と一緒に安全な場所を求めて旅を続けるストーリーだ。
 「ぼくのおうちにあいたいな」「いまごろおうちはきっと、『こわいよう、さびしいよう』っていってるよ」。子どもらの言葉からは家への切実な憧れがにじむ。作者は偶然にもロシア人で、「まさに私のための作品だと思った」と振り返る。
 ▽避難民との交流
 著者のコンスタンチン・ザテューポ氏はドイツ・ベルリン在住で、ロシアの侵攻直後の2022年3月から5月ごろまで、ウクライナ東部ドニプロ郊外から避難してきた母子を自宅で受け入れた経験がある。強いストレスにさらされる避難生活。母親は一日中家から出ない日もあったという。ザテューポ氏は、2人との交流から物語の着想を得たという。
 ザテューポ氏は侵攻を「21世紀に領土を巡って隣国に侵攻するなんて狂気の沙汰だ。私はロシアを非常に恥じている」と主張する。本作の後書きでも、避難民が安全な場所にたどり着けたとしても、言葉や習慣が母国と違う新天地で暮らしてゆくのは困難だ、と指摘。「できるだけ助け合わないといけません。まずは身近にいる難民の子どもに、『こんにちは!』とあいさつして、仲良くなりたいという気持ちをしめすだけでもいいのです。そうすればいつか、新しい家は彼らにとって本当の家に、慣れ親しんだ『とってもふつうのおうち』になるでしょう」と避難民に寄り添った対応を取るよう訴えている。
 ザテューポ氏は本作のイラストで、世界最大級の絵本原画コンクール「イタリア・ボローニャ国際絵本原画展」のファイナリストにも選ばれた。藤原さんは「死ぬほど悩んで選んだかいがあった」と笑顔を見せる。
 既に次作の出版も検討中で、夏までの刊行を目指す。盲目の女の子をテーマにした作品や、身長が2メートルある巨人症の子どもを扱った絵本などを考えているという。「ロシアには良い絵本がたくさんある。怖い、恐ろしいと思われがちだが、親しみを持ってほしい。移民や難民問題につながる多文化共生や異文化理解に役立つ本を出版していきたい」と力を込めた。
 「ぼくのとってもふつうのおうち」(1980円、40ページ)は全国の書店やインターネットで注文できる。問い合わせはかけはし出版(info@kakehashi-pub.com)

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