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「野良犬がうろつく廃虚」が徳島一のにぎわいエリアに。倉庫街を変貌させたNPOの原点 構想から10年、県の協力を得て規制緩和

 徳島県庁近くの倉庫街に、カフェや古着店、ジムなどの新しいお店が次々に誕生している。今では県内で人が一番集まるエリアになったが、十数年前まではさびれた廃虚のようだった。海運業の衰退とともに活気を失った地域は、どのようにしてにぎわいを取り戻したのだろうか。(共同通信=伊藤美優)

徳島市の万代中央ふ頭で開かれたナイトマーケット=2023年8月
徳島市の万代中央ふ頭で開かれたナイトマーケット=2023年8月
万代中央ふ頭の地図
万代中央ふ頭の地図
NPO法人アクア・チッタの理事で事務局長の岡部斗夢さん=2024年2月6日、徳島市
NPO法人アクア・チッタの理事で事務局長の岡部斗夢さん=2024年2月6日、徳島市
1991年ごろの万代中央ふ頭の様子(徳島県提供)
1991年ごろの万代中央ふ頭の様子(徳島県提供)
徳島市の万代中央ふ頭=2024年2月
徳島市の万代中央ふ頭=2024年2月
徳島市の万代中央ふ頭にある第一倉庫内のシェアスペース
徳島市の万代中央ふ頭にある第一倉庫内のシェアスペース
「PRISM LAB」シェフパティシエの柴田勇作さん=2024年2月2日、徳島市
「PRISM LAB」シェフパティシエの柴田勇作さん=2024年2月2日、徳島市
関係者が招待されて開かれた「PRISM LAB」のプレオープンイベント=2024年2月2日、徳島市
関係者が招待されて開かれた「PRISM LAB」のプレオープンイベント=2024年2月2日、徳島市
徳島市の万代中央ふ頭で開かれたナイトマーケット=2023年8月
万代中央ふ頭の地図
NPO法人アクア・チッタの理事で事務局長の岡部斗夢さん=2024年2月6日、徳島市
1991年ごろの万代中央ふ頭の様子(徳島県提供)
徳島市の万代中央ふ頭=2024年2月
徳島市の万代中央ふ頭にある第一倉庫内のシェアスペース
「PRISM LAB」シェフパティシエの柴田勇作さん=2024年2月2日、徳島市
関係者が招待されて開かれた「PRISM LAB」のプレオープンイベント=2024年2月2日、徳島市

 ▽母からの提案
 万代中央ふ頭は1950年代に倉庫の整備が始まり、1960~70年代に物流の拠点として栄えた。ただ、港の水深が4~5メートルと浅く貨物船の大型化が進むと、利用が急減。1999年には貨物の取り扱いが全くなくなった。
 野良犬がうろつき廃虚のようになっていた倉庫街をよみがえらせたのが、NPO法人「アクア・チッタ」(徳島市)の理事で事務局長の岡部斗夢さん(50)だった。
 東京で働いていた岡部さんは2000年ごろ、故郷の徳島で母が経営する企業向け制服販売会社の移転先を探していた。母は万代中央ふ頭の倉庫を提案してきた。水辺の雰囲気が気に入り、広いスペースを確保できることが理由だった。
 岡部さんも賛同した。東京の「寺田倉庫」が品川の再開発地域にある倉庫街でユニークな展示会を開いていた。映像やイベントのディレクターをしていた岡部さんはルイ・ヴィトンの展示会に参加したことがあり、倉庫の広い空間を生かした自由な内装に驚いた。
 ふ頭の倉庫オーナーと話を進めたが、契約3日前になってオーナーから突如「やはりできない」との申し出があった。倉庫街を含む臨港地区は県有地だった。地価は安く設定されていたが、そこに建つ施設は物流関連で使用するという用途制限が設けられていた。オーナーはその規定を忘れており、契約直前に思い出したのだった。
 いったん計画を見直さざるを得なかった。しかし、港の雰囲気や市中心部という立地を考えると、倉庫街を放置するのはもったいない。岡部さんはそう考え、共感できる仲間とNPO法人アクア・チッタを設立した。
 ▽県への働きかけ
 用途制限の問題をクリアするため、利用の活動実績をつくり、県に地道に働きかけていくことにした。(1)イベント開催、(2)周辺の清掃活動、(3)倉庫利用を盛り込んだ「まちづくりマスタープラン」の作成を3本柱に掲げて活動した。2005年から15回開催したアクア・チッタフェスタは、多い時には1万7千人が集まる一大イベントに成長した。
 2010年にワークショップを開き、その後、倉庫3棟で規制緩和に向けた実証実験を始めた。貸しスペースを運営したり、東京芸術大学の教授と学生らを招いて作品を制作・展示したりするイベントを開いた。
 老朽化した倉庫街から業者が撤退し収入が減ることを危ぶんでいた県も規制緩和に前向きになった。担当者は「ブランド化することで継続的に土地を借りていただける。新しいことを始めたい人も集まる。ウィンウィンの形を目指した」と話す。
 岡部さんが倉庫街の活用を構想してから10年。倉庫に入居できる仕組みが整った。今では県が倉庫改修に補助金を用意するなど積極的な支援を続けている。
 ▽新たな店舗はスイーツの「研究所」
 「この街のにぎわいづくりに共感できるか」。これが当初から入居審査の第一条件だった。岡部さんらの活動が実を結び、各店舗のオーナーがマルシェなどのイベントを開くようになった。キッチンカーや手作り雑貨の販売など固定の店舗を持たない店も集まり、通りは人であふれるようになった。
 今年2月初め、倉庫に新たな店が加わった。「PRISM LAB(プリズム ラボ)」のシェフパティシエの柴田勇作さん(38)はプレオープン日、「万代地域、徳島に関わる人を増やしたい」と話した。柴田さんは2023年パリで開かれたスイーツの国際大会に日本代表の1人として参加し、優勝している。
 東京生まれハワイ育ちの柴田さんは、銀座や日比谷で10年以上キャリアを積んだが、「60歳になって振り返ったときに何か残るだろうか」と不安になった。そんなとき、徳島県那賀町のパンチの効いたユズと出会い、徳島の自然豊かな土地柄に引かれた。東京は働く場所ではないと思い、2022年4月に移住した。
 大会に優勝した後、周囲からの注目が高まると思うと焦りを感じた。考え抜いた末、スイーツをより深く探求する「研究所」をつくることを決めた。候補地を探していたところ、万代中央ふ頭の倉庫が空くことを知る。世界大会の会場を再現したキッチンを備える「PRISM LAB」を開設した。
 この店を、地域の活性化や徳島のコーヒー文化とコラボする場所にしたいと考えている。申し出があれば、キッチンを大会の練習場所にも使ってもらいたい。「ここは歩くだけで楽しい街。この店で自分たちが楽しそうに、幸せそうにしている姿を見せたい」と笑う。
 ▽まちづくりの主体は住民
 万代中央ふ頭で現在使用できる20棟の倉庫には古着屋や家具店、貸しスペース、企業のオフィスなど約30の事業者が入り、新たに一棟まるごと使える倉庫はない。この地域は、国土交通省の「手作り郷土賞」の大賞に輝くなど複数の表彰を受けた。アクア・チッタの岡部さんは「みんなが主体のまちづくり」ができていると胸を張る。
 人口が25万人を切った徳島市は、四国4県の県庁所在地で最も人口が少ない。市中心部の商店街はシャッター街となり、県内唯一の百貨店も2020年に閉店した。県全体で過疎化が進む。県の担当者は「水辺の空間を生かした街の形成で、さらなるにぎわい創出に取り組みたい」と話し万代中央ふ頭に望みを託す。
 今後は倉庫街の隅々まで歩いてもらえるようにすることが課題と、岡部さんは考えている。東西500メートルほどだが、目当ての店舗を訪れると倉庫街を後にしてしまう人が多い。訪れる人の増加に伴い、周辺には車がずらりと並ぶようになった。これでは水辺ならではの景観が損なわれてしまう。
 岡部さんは新たな構想を練っている。「駐車場は別の場所に移し、アスファルトはウッドデッキの遊歩道に。ふらっと立ち寄れる土産物店の開店や、水辺の立地を生かして船やヨットの活用もしたい」と考えている。

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