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「記者書評」・谷良一著・「M―1はじめました。」 漫才の祭典、始まり克明に

 2001年の「M―1グランプリ」開始は実に衝撃的だった。関西出身の記者は、周りの友達が皆、出場者の漫才を熱く論じていたことを思い出す。芸能界屈指のお祭りとなったイベントの草創期を、吉本興業の元幹部がつづったのが本書だ。漫才を「盛り上げてほしいんや」と命じられて始まった、スポンサーやテレビ局探しといった奮闘を克明に描き出した。

「M―1はじめました。」
「M―1はじめました。」

 8千組以上がM―1に出る今では信じられないが、01年ごろ、漫才は「世間一般からは忘れられた存在」だったという。著者は芸の将来を考え、社内の全ての漫才師と面談して本音を聞き出すなど、まるで少年漫画のように物語は進んでいく。
 登場人物はまさに漫才のネタのように面白い。当時の吉本興業社長はあいさつが大の苦手で、M―1開催発表の記者会見では、原稿が手元にあるのに絶句してしまった。一方、スポンサーのカー用品店社長は堂々とした話しぶりで笑いを取っており、著者は「どっちがお笑いの会社か分からない」とため息をつく。
 実現までの内幕も次々と明かされる。本書によると、テレビ局のある幹部は審査員が決まらないことに業を煮やし、著者を厳しく問い詰めたが、後日には自らをM―1創業者の一人と語っていたという。実に生々しい。
 近年、西川きよしさんが漫才界で初の文化功労者となり、話題となった。落語などに比べると一段低く見られがちな漫才だが、文化としての評価は進んでいる。21世紀の画期を成したイベントの始まりを記した本書も、いずれは歴史書のように扱われるのかもしれない。とまで言ったら言い過ぎだろうか。
 M―1の名物審査員であり、本書にも登場する大物芸能人が、週刊誌報道を機に渦中の人となった。これからのM―1がこれまでとは同じではないかもしれないと思うと、本書で描かれる当初の姿が、なおさら感慨深く胸に迫ってくる。(川元康彦・共同通信記者)
 (東洋経済新報社・1760円)

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