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【裏金事件で政倫審】真相究明ないまま戦線拡大 衆院選へ改革構想焦点に 東京都立大准教授 佐藤信

 出欠をもっぱら本人が判断し、偽証への罰則もない政治倫理審査会の場で、自民党派閥パーティー裏金事件の真相究明がなされることなどありえない。自民党だけで過半数を占める中、党幹部経験者らに勧告などの措置が取られるわけもない。政倫審は、自ら出席を申し出た議員が自らの政治的、道義的疑念を晴らそうと弁明する場でしかないのである。

佐藤信・東京都立大准教授
佐藤信・東京都立大准教授

 今回の政倫審における真の焦点は、今後の戦線拡大の可能性だった。短期的な時間軸としては2024年度予算の年度内成立の確定が課題となっていたが、負けず劣らず重要なのは向こう半年の中期的な時間軸だ。
 裏金事件はすぐに収まらず、4月の衆院補欠選挙で自民党に逆風が吹くことは間違いない。だから今、自民党では岸田文雄首相に代わって悪い印象を一手に引き受けようという有力者はいるはずもない。
 野党とて、衆院解散・総選挙になれば不人気の岸田首相を相手にしたい。生かさず殺さず岸田政権が続くよう内心願っていなくてはいけない(そうでなければ戦略的に愚かだ)。だから政権の不人気をよそに、与野党には本格的な「岸田降ろし」はしないという奇妙な均衡が成立している。
 問題はその後の展開だ。9月の自民党総裁選で新顔を選び、印象を刷新して衆院選を戦うなら、自民党は9月までに一定の区切りを付けねばならない。逆に野党は「ダーティーな自民党」への対抗構図をつくるため、やすやすと刷新されては迷惑だ。従って、小さく早く解決して国民に忘れてほしい自民党と、火を絶やさず燃やし続けたい野党という構図になる。
 このような中期的な時間軸において、政倫審は今後の戦線拡大の端緒となり得た。野党側は、弁明者が内情を十分に把握しておらず、他の証言との齟齬もあることを突いて、新たな議員の政倫審出席や証人喚問など、さらなる責任追及の場をつくろうとした。
 対して出席した側は、自らの保身をしながら戦線拡大を止めなければならなかった。1日目には、岸田首相が岸田派への疑惑説明を一手に引き受けた。二階派の武田良太事務総長は、二階俊博会長は「象徴」でしかなく、自らこそが最も説明責任を果たせると言いつつ、刑事訴追を受けて国会では追及が困難な元会計責任者が全体を「掌握」していたと繰り返し、延焼を防ごうとした。
 ところが、2日目に登場した安倍派の事務総長経験者らは、職責としてあるいは実態として知らないと保身するあまり、かえって他の証言者を要求する理由を与え、燎原の火に油を注いでしまった印象がある。
 その後与野党は、衆院予算委員会で予算案を採決してから、さらなる政倫審や予算委集中審議の開催、4月以降には政治改革特別委員会を設置することで合意した。
 野党にすれば、能登半島地震復興を含む予算の年度内成立を確定しておくことで、心おきなく与党を責める場がつくれたわけである。政倫審は次の衆院選に向けた与野党対立の一こまだった。
 今後の注目は、自民党がいかに機敏に大胆な改革構想を打ち出し、「火消し」ができるかだ。しかし、どれだけの改革をすれば「火消し」になるかは、自民党がどれだけ脅威を感じるかによる。自民党の体たらくに比して、野党に政権担当能力があるのか、真に問われているのは有権者の眼なのである。
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 さとう・しん 1988年、奈良県生まれ。東京大大学院博士後期課程中退。博士(学術)。専攻は現代日本政治。

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