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【識者コラム】ガザに未来はあるか 資金拠出再開の先に 遠藤乾

 国際政治はつくづく残酷だと思う。

遠藤乾さん
遠藤乾さん

 ロシアのウクライナ侵攻の中で、首都キーウ郊外ブチャで市民が何百人も殺され、ウクライナ全体で2万人の子どもが連れ去られた。その時、多くの人が怒りを覚えた。
 他方、ガザに降り注ぐ爆弾により、その多くがイスラム組織ハマスのテロと無関係であろうに、1万3千人もの子どもを含む3万人超が殺りくされた。その際、われわれは何を叫んだか。
 日本のテレビ関係者から伝え聞くところでは、ニュースでウクライナからガザの話に移ると途端に視聴者が減るという。国境で隔てられ、地域が縁遠くなるに従い、関心は薄れ、人ごととなる。
 しかし、同じ人間の話だ。いま一度考えたい。
 イスラエルからすると、1200人が突然殺され、200人以上が拉致されれば、それは衝撃以外何ものでもなかろう。テロを実行したハマスの戦闘員は司法の手にかけ、人質は返されるべきである。
 だが、1世紀に及ぶ一方的な入植、迫害、殺りくの歴史を脇に置いて、自衛と称して30倍返しの報復をするのは不正だ。理由をどう言い募ろうと、無防備な人々を傷つけるのを承知で、病院を廃虚にするのは完全に間違っている。集団を罰し、飢餓に追いやるのは人の道に反する。
 ▽民族の抹殺
 これらの蛮行は、パレスチナ人の「現在」を脅かすだけではない。イスラエルのやっていることは、彼らの「未来」をも摘み取っている。
 ほぼ100%の識字率を誇るガザの人々にとって、教育は「天井のない監獄」から抜け出す唯一の道だった。英紙フィナンシャル・タイムズによると、ガザでは813校が授業をできなくなり、76%の校舎が損傷した。この5カ月の攻撃で、学者も95人が亡くなった。多くの若者が学ぶ機会を奪われてしまった。
 さらに状況を悪くしているのは、国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)の機能停止である。この機関を敵視するイスラエル政府の情報提供により、ハマスのテロに同機関職員12人が関与した疑いがあるとし、米欧諸国をはじめ日本もまた、資金拠出を中断した。同機関はガザの隅々に根を張り、逃げ惑う人々に食料や水を提供してきた。のみならず、30万人の通う183の学校を運営してきた。
 UNRWAの代わりはない。機能停止は、一民族を餓死に追い込み、その将来を含めて抹殺することを意味する。
 国連によると、すでにガザ人口の半分、110万もの人が「壊滅的な飢え」を経験している。グテレス事務総長によれば、客観的な「総合的食料安全保障レベル分類」の記録史上最悪の数字だ。
 ▽一刻を争う事態
 UNRWAへの資金拠出停止のプロセスには疑わしさが残る。通常の司法手続きでは「疑わしきは罰せず」のはずだ。イスラエル政府は決定的な証拠を出していない。
 仮に1万3千人のスタッフのうち12人が関与していたとしても、機関全体、ひいては住民全体を罰するのはおかしい。機関の中立性を第三者が評価するプロセスが進んでいることも考慮すべきだ。
 かつて冷戦終結後の事態対処を誤ったがために、多くの後悔が残った。1994年にはルワンダで80万もの人が民族紛争で殺害されるのを国際社会は傍観した。ユーゴスラビア紛争中の翌年にも、国連がスレブレニツァに設けた安全地帯で大虐殺が起きた。
 日本は今年1月にUNRWAへの資金拠出を停止した。そのままだと日本は一民族集団の抹殺に手を貸すことになる。それだけはしてはならない。末代まで悔いが残る。
 スペインやノルウェーは資金拠出を停止せず、スウェーデンや欧州連合(EU)が拠出再開を表明する中、幸い上川陽子外相は、拠出再開をスピード感を増して検討すると述べ、28日にUNRWA事務局長と会談、再開に向け調整が進むようだ。
 今後、5月までに飢えは深刻化する。人々が死んでからでは意味がない。拠出再開を現地での救命に確実につなげねばならない。事態は一刻を争う。
 拠出が再開されても課題は残る。希望が根こそぎ刈り取られてしまったのだ。さらなるガザ侵攻はもってのほかだ。パレスチナに「未来」が戻るよう、力を合わせねばならない。(東京大教授)
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 えんどう・けん 1966年、東京都出身。北海道大卒、英オックスフォード大政治学博士。米ハーバード法科大学院研究員、台湾外交部研究フェロー、仏パリ政治学院客員教授などを歴任。北海道大教授を経て2022年から現職。「統合の終焉」(読売・吉野作造賞)「安全保障とは何か」(編著)など著書多数。

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