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【桐島聡容疑者を書類送検】潜伏半世紀、浮かぶ二面性 病気用心もバー飲み歩き

 連続企業爆破事件で半世紀近く指名手配されていた桐島聡容疑者(70)は、約40年前から神奈川県藤沢市に潜伏していた。複数のバーを楽しげに飲み歩く姿は逃亡生活を送る過激派の印象とは懸け離れているが、身分証や携帯電話を持たず、病気にかからぬよう用心していた様子にはその片りんも。浮かび上がる二面性。なぜ死の間際に素性を明かしたのか。関係者から「敗北」との声も聞かれる中、警視庁公安部は実態解明を続ける。

桐島聡容疑者が住んでいた神奈川県藤沢市の自宅。今月2日に警視庁が家宅捜索に入った
桐島聡容疑者が住んでいた神奈川県藤沢市の自宅。今月2日に警視庁が家宅捜索に入った

 ▽乏しいつながり
 指名手配容疑となった韓国産業経済研究所爆破事件が起きた翌月の1975年5月、警視庁は過激派「東アジア反日武装戦線」のメンバーを一斉逮捕した。3グループのうち「さそり」に所属していた桐島容疑者は内偵捜査で関与が判然とせず、逮捕されなかった。
 一斉逮捕後に関与が浮上したが、既に東京都中野区の自宅はもぬけの殻。広島県の実家に「岡山に女といる」と電話したのを最後に消息が途絶えた。それからほぼ半世紀。元公安部幹部は「武装戦線は比較的小さな組織。支援も乏しかったとみられ、『人のつながり』をたどる捜査は容易ではなかった」と明かす。
 ▽幸せにできない
 桐島容疑者は病床で、藤沢の前は「川崎で働いていた」と説明したという。70年代後半には既に藤沢での目撃情報があり、東京から川崎市を経て行き着いた可能性がある。
 藤沢ではバーや飲食店の常連となり、音楽好きとして受け入れられていた。銭湯に通い、服をこまめに洗濯するきれい好き。携帯電話は持たず、歯が抜けても病院に行く様子はなかった。周囲には、年下の女性と交際に発展する可能性があったが「幸せにできないから」断ったと話した。
 爆弾製造方法などを記した冊子「腹腹時計」で、武装戦線は同志に「極端な秘密主義は墓穴を掘る。表面上はごく普通の生活人であることに徹すること」を求めていた。あるバー店主は「今思うと謎めいたところがあった。過去を詮索されない場所が心地よかったのではないか」と振り返る。
 ▽もっと早く
 容疑者が死亡し、公安部は関係者の証言などで逃亡生活を明らかにするしかない。超法規的措置で釈放されたメンバーは国外逃亡中で、露木康浩警察庁長官も1日の定例記者会見で「追跡捜査を決して諦めることなく進める」と強調した。
 「重要事件であり指名手配して捜査してきたが、結果として今日に至った」。公安部幹部は27日、身元特定を発表した際こう話した。ある関係者は「死ぬ間際に告白されたことは警察にとって敗北のようなもの。だが何も分からないよりは良い。実態解明につなげるしかない」と自らに言い聞かせるように語る。
 武装戦線の別グループ「狼」が起こした74年の三菱重工爆破事件では8人が死亡、重軽傷者も多数出た。肩などを負傷し、同僚を亡くした東京都練馬区の小松久晴さん(75)は「もっと早く出てきてほしかった。まだ逃げている他の容疑者もいる。警察は早く捕まえ、何があったのか解明してほしい」と訴えた。

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