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障害あってもほぼ自力で子育て、グループホームで暮らす家族 でも保育園の保護者には「どう思われるか不安」…障害打ち明けられず

 「どうして障害があったら子育てできないと決め付けられてしまうのだろう」。神奈川県茅ケ崎市のグループホームに入居し、家族4人で暮らす小林聡恵さん(28)は夫婦ともに軽度の知的障害がある。行政手続きなど苦手な部分は職員の助けを借りながらだが、共働きで家事も育児もほぼ自力でする。いずれはグループホームを離れ、民間住宅を借りる予定だ。その時大切なのは周囲とのつながり。だが、今も子どもが通う保育園で保護者たちには積極的に自身の障害を打ち明けられず、ママ友はまだつくれないでいる。「どう思われるか」と不安だからだ。(共同通信=船木敬太)

談笑する滝下唯奈さん(右)と小林聡恵さん=2023年3月、神奈川県茅ケ崎市
談笑する滝下唯奈さん(右)と小林聡恵さん=2023年3月、神奈川県茅ケ崎市
次男をおんぶして食事の支度をする小林聡恵さん=2023年3月、神奈川県茅ケ崎市
次男をおんぶして食事の支度をする小林聡恵さん=2023年3月、神奈川県茅ケ崎市
インタビューに答えるNPO法人「UCHI(うち)」の牧野賢一理事長=2023年3月
インタビューに答えるNPO法人「UCHI(うち)」の牧野賢一理事長=2023年3月
談笑する滝下唯奈さん(右)と小林聡恵さん=2023年3月、神奈川県茅ケ崎市
次男をおんぶして食事の支度をする小林聡恵さん=2023年3月、神奈川県茅ケ崎市
インタビューに答えるNPO法人「UCHI(うち)」の牧野賢一理事長=2023年3月

 ▽入居者仲間と同棲、予期せぬ妊娠
 茅ケ崎市内にある3LDKのマンションのキッチンで、聡恵さんはスマートフォンに表示された手順を何度も確認しながら、手早く大根の皮をむき、短冊状に切っていく。忙しい日常の中でこなす家族の食事作りは聡恵さんの日課だ。
 障害者が暮らすグループホームの多くは寮や下宿のような形態での共同生活だが、小林さん家族が所属するNPO法人「UCHI(ウチ)」は、「サテライト型」と呼ばれる仕組みを活用し、家族が他の入居者たちとは別の建物で独立して暮らせるようにしている。
 聡恵さんは知的障害者が持つ療育手帳を5歳の時に取得。小学4年生の時に初めて親から告げられて障害があることを理解したという。子どもの頃は勉強についていけず、小、中学校は特別支援学級に通った。特別支援学校の高等部時代は家庭の事情で児童養護施設で過ごし「温かい家庭をつくりたい」との思いを抱くようになった。
 高等部卒業後、入居したのがUCHIが運営するグループホームだった。UCHIは全国でも珍しく知的障害者の結婚や出産の意思を尊重し、積極的に支援している。職場や地域で人間関係をつくれず孤立しないよう「関係支援」を掲げており、「家族をつくりたいというのは当然のニーズで、最も重要な権利」との考えからだ。
 夫の守さん(37)とはもともと高等部時代にバスケットボールの部活で知り合っていたが、UCHIの入居者仲間として再会し、食事や旅行を通じて親しくなった。
 1年半の交際を経て2017年4月からサテライト型のグループホームで同棲。結婚に向けて貯金を始めた矢先の7月、予期せぬ妊娠が分かった。
 ▽「育てられませんでした」では許されない、厳しい言葉で覚悟を確かめる
 「頭の整理ができない。頭が真っ白」。当時のUCHIの面談記録には、聡恵さんが混乱している様子が残っている。聡恵さんはコミュニケーションが苦手で、思ったことを口に出せない。守さんは「今のお金じゃ厳しい。でも産んでほしい」と訴えていたが、聡恵さんは「みんなに何と言われるだろう。自分は子育てできるだろうか」と不安もあった。
 当時、UCHIの職員で聡恵さんを担当していた滝下唯奈さん(32)は、妊娠を報告した聡恵さんと守さんに、「現状では認められない。出産後に『育てられませんでした』は許されないから」と伝えた。UCHIでは入居者の出産の意思を尊重しているが、一方でその覚悟も真剣に確認する。子育てをするのはあくまで当事者たちだからだ。「2人の気持ちが『産みたい』でも『諦める』でも、まずは否定して覚悟を確かめたい」という思いから、あえて厳しい言葉を選んだ。
 友人の紹介でUCHIの職員となって3年目だった滝下さん。障害者福祉の仕事は初めてだったが、担当になった聡恵さんとは恋愛や仕事のことをたくさん語り合い、職員と入居者というより姉妹のように仲が良かった。だからこそ、本音では妹のように感じている聡恵さんを素直に祝福できず、つらかったという。
 聡恵さんの障害の程度は、会話や行動からはすぐに分からないほど。だが滝下さんは接するうち、独力で物事を決めるのが苦手で、相手の顔色を見て合わせてしまうことに気付いた。他人の言葉にすぐ流されてしまう彼女に、子どものしつけができるだろうかと心配もあった。
 ▽泣きながら「おろした方がいいのか」悩んだ日々
 聡恵さんと守さんはそれぞれ深く考えるため、いったん同棲をやめて別々に暮らし始めた。聡恵さんは毎晩のように「おろした方がいいのか」と悩み、布団で何度も泣いた。
 聡恵さんは何日も悩んだ末に「一度宿った命。おろすことはどうしてもできない」と決意した。聡恵さんは滝下さんに「職員としてではなく、同じ女性として答えてほしい」と訴えた。滝下さんにとって聡恵さんがこれほど自分の意思を強く訴えたのは初めてで、思わず「私があなたの立場だったら産みたいと思うよ」と本音を口にした。
 UCHIでは滝下さん以外の職員も含め、聡恵さんと守さんとの面談を重ね、出産の意志が固いことを確かめた。支援することを決め、2人は結婚。それぞれの職場の上司や市のケースワーカーを集めた会議も開かれ、出席者からは「おめでとうと心から言えない」と厳しい言葉もあったが、最後は支援することで話がまとまった。
 ▽職員たちは無事にできるかを「つかず離れず」で見守る
 2018年3月、聡恵さんは長男の陽飛君を出産した。優しい、お日様のような子になってほしいと名付けた。グループホームは制度上、子どもの入居を想定しておらず、対象は「原則18歳以上」と定めている。入居者が出産した場合、子どもとの同居が認められず、やむなく乳児院に預けるケースもある。UCHIは一家が家族で暮らせるようにして支援した。ただ、職員たちは相談に乗ったりはするが、子育てはあくまで聡恵さんたちに委ねた。グループホームを出ても自力で育てられるようにするためで、あくまで職員たちは無事にできるか見守る「つかず離れず」の関係だ。
 聡恵さんの子育ては、UCHIの入居者仲間の先輩ママが手助けしてくれた。ミルクの温め方や子どもの体調のことなど、毎日のように相談した。聡恵さんは「周囲に助けてもらった。障害者だから子育てができないということはない」と振り返る。
 陽飛君が3歳の時、2人目を妊娠。担当職員だった滝下さんは前回と同様に「育てられるの?」と覚悟を確かめた。以前は自分の考えを話せなかった聡恵さんだが、今度は「障害者だから産んじゃいけないの?」と訴え、「本当に強くなった」と滝下さんを驚かせた。22年6月、次男の颯太ちゃんを出産した。
 ▽「子どもたちのため、自分も変わらなきゃいけない」
 陽飛君の食事は冷凍食品ばかりだったが、颯太ちゃんの出産を機に、聡恵さんは料理をするようになった。料理を想像して材料をスーパーで買うのはできない。だが、スマートフォンの料理アプリが示す材料を買い、レシピどおりに調理することはできる。最初は野菜の分量を間違うこともあったが、どんどん料理の腕は上達し、今では親子丼やグラタンなどレパートリーは多彩で「ママの料理はおいしい」と守さんも太鼓判を押す。
 守さんは飲み過ぎだったお酒の量を控え、家事も積極的にやるようになった。「子どもたちのため、自分も変わらなきゃいけない」と話す。2人とも、子どもたちの成長が何よりうれしい。陽飛君はやんちゃだが優しく、颯太ちゃんの出産で入院した聡恵さんに自分で摘んだ花をプレゼントした。
 聡恵さんは衣料品店で商品補充や接客をし、守さんはクリーニング工場で働く。夫婦で子どもの保育園への送迎や家事をし、時には家族旅行も楽しむ。
 UCHIの職員たちも「聡恵さんは子育てを通じて変わった」と口をそろえる。思ったことを言えなかった以前とは異なり、周囲とのコミュニケーションも上達。子どもが発熱した際も、聡恵さんは職員に連絡しながら自分で通院などの手配をする。知人や友人も少なくなく、2023年秋に転職のためUCHIを離れた滝下さんとも、連絡を取り合い続けている。
 ▽隠しているわけではないけど…保育園のほかの保護者に障害を打ち明けられず
 2022年、北海道のグループホームでは、結婚を希望する知的障害者が不妊処置を受けていた問題も明らかになった。守さんは「障害があると、自立するよう周囲から求められる。でも、働いて、家族をつくり、生活することも自立の一つなんじゃないか」と訴える。
 UCHIでは聡恵さんのような親子をこれまで6組支援しており、うち4組がグループホームを出て生活している。牧野賢一理事長(59)は「困った時に、周囲が手を差し伸べる環境ができているか。当事者が『誰にどう相談するか』を自分で考えて行動できるか。こうした点を確かめて出てもらっている」と話す。
 職員に助けを借りることができ、知人や友人も少なくない聡恵さんだが、実はまだ保育園の保護者に親しい人はいない。自身の障害を隠しているわけではない。大学の授業で自身のことを話したり、テレビに出演したりしたこともある。でも「自分が障害者だと伝えたら相手はどう感じ、どう接するかと思うと悩む。どう伝えればいいのか」と葛藤している。陽飛君は春から小学生。「同級生のお母さんたちと付き合いが必要になる場面が増えるのではないか。どうか自然に受け入れてほしい」と話す。
 グループホームを出て家族だけで生活できるか、今はまだ自信を持ちきれないでいる。時間はかかっても、少しずつ変わっていきたい。「できないと決めつけないで、見守ってほしい」。そう願っている。

いい茶0

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