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ジビエがビジネスにならない最大の原因は「美味しくない肉」が出るから 解決策を見い出した男性は「ジビエの学校」をつくった

 大分県宇佐市の山間部に、「日本ジビエアカデミー」という研修施設がある。野生のシカやイノシシを捕獲し、食肉とするジビエ(野生鳥獣肉)。政府は農作物の被害(獣害)対策の一環として利用を推進しているが、消費はそれほど伸びていない。その理由を、アカデミー代表の山末成司さん(50)はこう説明する。

シカの皮をはぐ方法を教える日本ジビエアカデミーの講師(右端)=2023年9月
シカの皮をはぐ方法を教える日本ジビエアカデミーの講師(右端)=2023年9月
日本ジビエアカデミー=2023年9月、宇佐市
日本ジビエアカデミー=2023年9月、宇佐市
日本ジビエアカデミーの山末成司さん=2023年9月
日本ジビエアカデミーの山末成司さん=2023年9月
日本ジビエアカデミー内の内臓摘出室=2023年9月
日本ジビエアカデミー内の内臓摘出室=2023年9月
肉のカット法を教える日本ジビエアカデミーの講師(右)=2023年9月
肉のカット法を教える日本ジビエアカデミーの講師(右)=2023年9月
日本ジビエアカデミー内の熟成室=2023年9月
日本ジビエアカデミー内の熟成室=2023年9月
シカの皮をはぐ方法を教える日本ジビエアカデミーの講師(右端)=2023年9月
日本ジビエアカデミー=2023年9月、宇佐市
日本ジビエアカデミーの山末成司さん=2023年9月
日本ジビエアカデミー内の内臓摘出室=2023年9月
肉のカット法を教える日本ジビエアカデミーの講師(右)=2023年9月
日本ジビエアカデミー内の熟成室=2023年9月

 「ジビエ肉を商売として成り立たせるには、いくつもハードルがあるから」
 そこで、狩猟や解体から肉の判別・熟成、おいしく食べる料理法、販路開拓といったビジネス展開まで一貫して学べるこの施設を、全国で初めて設立した。正しい知識を持った人が広めることで「牛、豚、鶏に次ぐ第4の肉として認められてほしい」と願う。きっかけは、獣害に悩まされた農家の切実な声だった。(共同通信=功刀瞭)
 ▽捨てられていく動物たち
 6年ほど前、ある農家が、食肉加工の工場を経営していた山末さんの元を訪れた。
 「相談がある」
 聞けば、この農家は長年育ててきた果樹を動物に食べられ、猟友会に捕獲を依頼したという。猟友会はすぐに動いてくれた。最初のうちはうれしかった。ただ、捕獲された野生動物は殺されて尻尾だけを切り取られ、次々に廃棄されていく。尻尾は大分県への狩猟報告のために残すが、ほかは丸ごと捨てられる状況に心を痛め、「農家をやめようか」とまで考えるようになったという。
 相談を受けた山末さんは当初、ジビエの処理場を作ればいいのではと考えたが、すぐに思い直した。ビジネスとして成立させる道のりの遠さが想像できたためだ。
 まず、適切な処理方法が確立されていない。
 一般的な家畜は体重などを管理して出荷するため、サイズの個体差が小さい。だからこそ、☆(刈のメが緑の旧字体のツクリ)皮などの解体作業を自動化することが可能だ。しかし、ジビエはサイズの個体差が大きく、一体ずつ手作業で解体を行う必要がある。山末さんは処理方法を学ぶため、九州のみならず山口県や北海道まで足を運び、処理場を見学し、猟師から処理方法を学んだ。
 ただ、そこで衛生状態に疑問を感じた。野ざらしの中で処理をしている人、「自分が捕って処理した動物は全部おいしい」と豪語する人もいた。誰もが心配せずに食べられるようにするには、家畜と同様に衛生面でも確立された仕組みが必要だと感じた。
 ▽おいしくない個体をどうする?
 そして最大の問題が「おいしくない個体」をどうするかだった。
 山末さんによると、ジビエには「おいしい個体」と「おいしくない個体」がある。家畜と違って去勢をしないため、繁殖期のオスは強いにおいが残りがちだ。加えて、年齢を重ねると加齢臭がする。
 去勢され、生後半年ほどで出荷される家畜と違い、個体によって当たり外れがあることが、ジビエを商業利用する上で大きな障壁になっていた。
 考え抜いた解決策は、山末さんの身近なところにあった。宇佐市にはサファリパーク「アフリカン・サファリ」がある。子どもが動物好きだったため、山末さんも毎週のように連れて行っていた。人間にとってはおいしくなくても、サファリの肉食動物たちは好んで食べる。サファリにとっては餌の費用を減らせるメリットもある。サファリ側に提案すると賛同を得られた。
 「おいしくない個体」は、サファリだけでなく、のちに犬や猫のペットフードにも利用するようになった。ようやく商業化への道が見え始めた。
 ▽約50人が研修終了
 正しい知識を持ってジビエを扱えば、ビジネスとして成り立つ。そう考えた山末さんは、「ジビエ処理を教える学校を作りたい」と考えた。
 こうして2023年5月に開所したアカデミーは、鉄骨2階建ての延べ床面積約310平方メートル。1階には☆(刈のメが緑の旧字体のツクリ)皮室、内臓摘出室、カット室、加工室、梱包室、冷凍室があり、皮を☆(刈のメが緑の旧字体のツクリ)ぐところから商品にするまでの一連の流れを学ぶことができる。研修期間は最長1年間。数日程度の短期間の受講も可能だ。受講者のニーズに合わせて狩猟の方法や食肉処理場の経営などの座学も受講することができる。
 これまでに約50人が研修を受け、修了した。2024年は計80人程度を受け入れる予定。受講者は福岡県や群馬県など、県外からも多く参加している。食肉処理業に従事する経験者より、会社の経営者や脱サラを目指す人の方が多いという。
 福岡県で建設会社を経営する中島真二さん(49)は、地元で田畑が荒らされている状況を知り、「自分に何かできないか」と考えて受講を決めたという。これまでは、カモの解体をしたことがある程度。ジビエは大きさに個体差があり、処理は力任せではなく繊細な作業が必要で難しいという。いずれは地元に処理場を建設し、獣害を減らしたいと考えている。
 ▽「どうしてかわいいシカを?」
 山末さんがジビエの処理場をつくった際、子どもの同級生からこんなことを聞かれたという。
 「どうしてかわいいシカを殺すの?」
 この質問には「はっとさせられた」。農家から受けた相談を、改めて思い出したという。
 農作物の獣害を減らすためには捕獲する必要があり、その命を無駄にせず、ジビエとして食べることが大切。その循環を定着させるため「美味しいジビエを広めたい」と語った。

いい茶0

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