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【裏金事件】「政治にカネがかかるのではなく、かけている」 民間政治臨調の前田和敬・元事務局長インタビュー

 自民党派閥の裏金事件で、1989年に派閥解消などを打ち出した「自民党政治改革大綱」が注目されている。一連の政治改革の起点となった大綱の意義は何か。積み残された課題と、再び起きた不祥事に今議論すべき論点は何か。政治改革に長く携わってきた元民間政治臨調事務局長(現・日本生産性本部理事長)の前田和敬(まえだ・かずたか)氏に聞いた。(聞き手は共同通信特別編集委員・川上高志)

「政治とカネ」を巡るインタビューに答える元民間政治臨調事務局長の前田和敬氏。2024年1月29日、東京・溜池山王
「政治とカネ」を巡るインタビューに答える元民間政治臨調事務局長の前田和敬氏。2024年1月29日、東京・溜池山王
インタビューに答える前田氏
インタビューに答える前田氏
政治改革大綱を竹下登首相(右)に答申する後藤田自民党政治改革委会長=1989年5月、自民党本部、肩書は当時
政治改革大綱を竹下登首相(右)に答申する後藤田自民党政治改革委会長=1989年5月、自民党本部、肩書は当時
政治改革推進協議会(民間政治臨調)の総会であいさつする亀井正夫会長。政治改革を推進しようとする候補者の政治団体に対して個別に資金面での支援を行うよう呼び掛けた。右は山岸章連合会長=1993年6月、東京都内のホテル、肩書は当時
政治改革推進協議会(民間政治臨調)の総会であいさつする亀井正夫会長。政治改革を推進しようとする候補者の政治団体に対して個別に資金面での支援を行うよう呼び掛けた。右は山岸章連合会長=1993年6月、東京都内のホテル、肩書は当時
インタビューに答える前田氏
インタビューに答える前田氏
「政治とカネ」を巡るインタビューに答える元民間政治臨調事務局長の前田和敬氏。2024年1月29日、東京・溜池山王
インタビューに答える前田氏
政治改革大綱を竹下登首相(右)に答申する後藤田自民党政治改革委会長=1989年5月、自民党本部、肩書は当時
政治改革推進協議会(民間政治臨調)の総会であいさつする亀井正夫会長。政治改革を推進しようとする候補者の政治団体に対して個別に資金面での支援を行うよう呼び掛けた。右は山岸章連合会長=1993年6月、東京都内のホテル、肩書は当時
インタビューに答える前田氏


 ―自民党政治改革大綱の意義は。

 「東西冷戦の終焉(しゅうえん)という歴史的な転換期に『政治とカネ』の在り方が問われるリクルート事件が起きた。制度疲労を起こしていた戦後政治を政治家自らが総括し、次のステップに向かう一里塚として作った歴史的文書だ」

 「改革の包括性と長年政権を担った自民党自身が日本の民主主義の問題として『政権交代可能な政治の必要性』を打ち出した点に覚悟を感じた」

 「自民党は政治改革委員会で後藤田正晴会長(元官房長官)の下、すさまじい議論を重ねた。政治家とは何か、政党とは何か、基盤となる政治の仕組みはこれでいいのか。真剣な議論が行われ、その熱が野党だけでなく経済界、労働界、マスコミも巻き込んでいった」

 ―制度疲労とは。

 「1955年からの自民党長期一党優位体制下で利益誘導の政治構造が出来上がっていた。一方で財政赤字が膨らみ、財政再建や税が何度も争点になった。経済、行政の構造改革も必要だったが、政治は時代の変化に対応できなくなっていた」

 「衆院の中選挙区制では自民党候補同士が競い、苛烈を極めた。他方で有権者は選挙で事実上、政権・政策を選択することができなかった。その構造にメスを入れる必要があった」

 ―自民党内の改革論議は何度も頓挫した。

 「党内の岩盤は厚く、若い議員が『国民の後押しが必要です』と涙ながらに訴えた。野党も同様だ。それで経済界、労働界、学者らの有志で民間政治臨調を立ち上げた」

 ―選挙制度改革に矮小(わいしょう)化されたという指摘も。

 「当時の議論は政治システム全体の包括的な見直しだった。ただ、まず有権者と政治をつなぐ選挙制度が変わらなければ全ての仕組みが変わらない。その次は政党改革、地方分権、国会改革などをパッケージで構想していた。しかし、選挙制度改革には大変なエネルギーが必要で何代もの内閣をつぶした。実際には政治的に限界だった」

 「当時、与野党は国会の場で政治システムの在り方について根本的で深い議論を重ねている。それが政党再編の引き金にもなった。議事録を読むべきだ。積み残された課題や議論をつないでいく必要があった。それができなかったのは、われわれ世代と『もう政治改革は終わった』と封印した次世代の両方の責任だ」

 ―派閥やカネの問題が再び生じた。

 「選挙違反に拡大連座制も適用され、中選挙区制時代と比べれば選挙にかかるカネは格段に少なくなっている。しかし、今でも不祥事が起きるのは、政治にカネがかかるのではなく、かけている面もある。制度は変わっても個々の政治家依存で政党自体が変わっていない」

 「もう一つは地方政治改革だ。選挙制度改革は地方分権とセットだった。国会議員の仕事を再定義し、陳情政治や利益誘導政治から脱却させ、国会議員は外交や国家の中長期戦略を担うという議論だった」

 ―何を議論すべきか。

 「国際秩序が流動化し財政赤字や税の問題がある。その中で政治とカネの話になった。当時と酷似している。時代の転換期に民主主義の政治システムはどうあるべきか。政治とカネの各論ではなく、包括的で体系的な議論が必要だ」

 「当時を知る人間が歴史を語るべき時期だ。冷戦崩壊という時代の裂け目に、鼻水を垂らしながら悩み、もがき苦しみ、挫折を繰り返しなら判断し、行動した日々の物語こそを語り継ぐべきだ」

   ×   ×
 まえだ・かずたか 1959年生まれ。日本生産性本部で土光臨調の支援に関わり、その後、民間政治臨調、21世紀臨調の事務局長。現在の令和臨調を立ち上げるなど政治改革・統治構造改革運動の実働を担っている。

 ▽課題や抜け道を残した改革 政治倫理と指導力強化 

 1989年の自民党政治改革大綱を起点として行われた一連の政治改革には政治倫理の確立、政治主導体制の構築という二つの側面があった。背景にはリクルート事件など相次いだ政治とカネを巡る事件。そして東西冷戦の終結という国際秩序の激変に迅速に対処する政治指導力が求められたことがある。

 政治改革大綱は、同じ政党の候補者同士が競う衆院中選挙区制が政治腐敗の原因だとして選挙制度の抜本改革を提唱。政治改革の議論は選挙制度が中心になっていく。

 1993年に誕生した細川護熙政権は中選挙区制を廃止して小選挙区比例代表並立制を導入、企業・団体献金を規制する代わりに政党交付金制度を新設する政治改革関連法を1994年に成立させた。

 橋本龍太郎政権が1996年に設置した行政改革会議では首相の権限強化に焦点が移る。中央省庁再編を打ち出した1997年の最終報告は、首相の指導力強化を法的に明確化することを提言した。

 中央省庁の官僚が省益を超えて国益を考えるようにする幹部人事の在り方も課題とされ、2014年に安倍晋三政権で人事を一元管理する「内閣人事局」が新設された。

 一連の改革は、首相官邸に権力が集中する体制を生んだ。小選挙区制は公認候補を決める党執行部の権限を強くし、橋本行革の効果も加わり、安倍首相は「1強体制」と呼ばれる体制を築いた。

 一方で改革が置き去りにされた国会の審議は軽視され、説明責任が果たされない弊害が指摘される。自民党総裁選を巡る多数派形成のため派閥は残り、企業・団体献金に代わるパーティー開催など政治資金規制の「抜け道」が、今回の裏金事件につながっている。

 ▽言葉解説(1)リクルート事件

 リクルートコスモス社の未公開株が自民党の各派閥領袖(りょうしゅう)らに譲渡され、公開後に売却して多額の利益を得ていたことが1988年に発覚。藤波孝生元官房長官ら計12人が贈収賄などの罪で有罪となった。竹下登首相は蔵相らの相次ぐ辞任を受けて1989年6月、内閣総辞職に追い込まれた。自民党は「政治改革大綱」をまとめ、派閥解消や政治資金の規制強化とともに、「政権交代の可能性」がある選挙制度への改革を打ち出し、国会の活性化、地方分権なども提唱した。
 
 ▽言葉解説(2)民間政治臨調

 正式名称は「政治改革推進協議会」。リクルート事件を契機に国民の政治不信が高まったことを踏まえ、経済界、労働界、言論界など国民各層の代表者が1992年4月に結成、政治改革や行政改革を推進するための提言を出した。2000年代は21世紀臨調として活動。2022年6月に発足した令和臨調は、「日本社会と民主主義の持続可能性」を理念に掲げ、社会保障制度や財政運営、政治資金制度などに関する提言を発表している。

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