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【岸田首相の政治姿勢】理念なきリーダーに怖さ 権力維持が目的化 東京工業大教授 中島岳志

 2019年に「自民党 価値とリスクのマトリクス」という本を出版した。これは、自民党有力議員の過去の発言・論考・対談を徹底的に調べ、それぞれの議員がいかなるビジョン・理念を持っているかを明らかにした。この時、分析に困った政治家がいた。現在の岸田文雄首相である。

中島岳志・東京工業大教授
中島岳志・東京工業大教授

 岸田氏の発言にはとにかく一貫性がない。時々の権力者・有力者に沿って変化する順応型で、何をしたいのかが極めて不明瞭。当たり障りのないことを言う才能だけはたけており、出身派閥である宏池会のリベラリズムを継承しているのかも定かではない。「ブレることだけはブレない」というのが、当時私が下した評価だった。
 この傾向は、首相就任後の言動でより明確になった。自民党総裁選では金融資産課税の導入を強く主張したが、首相になってから積極的に取り組もうとする姿勢は全くない。就任時に「新しい資本主義」を掲げ、新自由主義を是正すると言っていたものの、格差是正が進んだとは言い難い。
 結局のところ、何かやりたいことがあるから首相をやっているのではなく、ただ首相をやりたいだけ。確固たる理念やビジョンに基づく政策実現を目指しているのではなく、首相でいること自体が目的化している。
 宏池会の解消を打ち出したのも、この派閥が追求してきた理念の実現には関心がないことの表れだ。各派閥との連携は総理総裁になるために重要だが、いったん権力を握ると、人事や政策に介入してくる面倒な存在になる。自派閥の中でも、次の総裁候補が台頭してくるため、自分の地位が脅かされる。
 1990年代の政治改革で小選挙区制と政党助成制度が導入されたが、これは自民党のトップダウン型ガバナンスへの改革であり、公認権と資金を一手に握った総裁の権力は増大した。現在の自民党においてトップの地位を手に入れると、派閥は邪魔な存在になるのだ。
 ただし、自民党総裁は党内の投票で決まるため、国会議員たちは選挙で勝てる「顔」を求める。国民の支持を得ていなければ、総裁選で勝利を収めることができず、総理総裁の地位を継続することができない。
 問題は、岸田内閣の支持率が20%台に低迷していることだ。この数字が30%を切ると与党支持の安定基盤が崩れていると見なされ、低投票率に持ち込んで固定票で勝つという自民党の選挙戦略が崩れてしまう。総理総裁であり続けるためには、何としても選挙に勝つために、固定票を取り戻す必要がある。
 岸田氏は先日の施政方針演説で、憲法改正について、総裁任期満了となる9月までの実現を目指す考えを強調した。これは自民党の固定票に向けたアピールと言ってよい。改憲への強い信念があるわけではない。過去の発言を見ると、憲法に対するスタンスはブレ続けている。彼にとって改憲もまた首相であり続けるための道具でしかない。
 自民党内では、国際共同開発による防衛装備品の輸出解禁の議論が進んでいる。今国会では、固定層の支持回復を図る首相が、右派議員が推進する政策を取り込んでいく可能性が高い。理念なきリーダーは怖い。特に支持率が下がった状態で、権力維持を目指すとき、目先の支持に飛びつくことで方向性を失う。岸田内閣は既に臨界点を超えているとみなすべきだ。
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 なかじま・たけし 1975年大阪府生まれ。専門は政治学。著書に「保守と大東亜戦争」「中村屋のボース」など。

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