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「患者よりカネもうけ」ナースが見た訪問看護会社のあきれた実態 障害者を「食い物」に

 看護師が自宅に来てくれる「訪問看護」という医療サービスがある。病気で療養中の人や終末期の高齢者に医療処置をするイメージを思い浮かべる人が多いだろうか。だが、実は近年、精神障害や知的障害のある人を対象にする例が増えている。さらに、これも意外に思われるかもしれないが、訪問看護ステーションは医療法人以外でも運営でき、株式会社などによる開設が急増している。中には、利益優先で公的な報酬を不正・過剰に受け取っている事業者もいるという。勤務経験のある看護師たちがあきれたその実態とは。(共同通信=市川亨)

各地で訪問看護ステーションを展開する大手の会社の実態について証言する男性看護師=2023年12月、神奈川県内
各地で訪問看護ステーションを展開する大手の会社の実態について証言する男性看護師=2023年12月、神奈川県内
「恵」が訪問看護ステーションを置く名古屋市の「西日本支社」=2023年9月
「恵」が訪問看護ステーションを置く名古屋市の「西日本支社」=2023年9月
神奈川県内の男性看護師が以前勤めていた訪問看護大手の会社の内部資料
神奈川県内の男性看護師が以前勤めていた訪問看護大手の会社の内部資料
神奈川県内の男性看護師が、勤めていた訪問看護大手の会社で2021年に上司から受け取ったLINEメッセージ(画像の一部を加工しています)
神奈川県内の男性看護師が、勤めていた訪問看護大手の会社で2021年に上司から受け取ったLINEメッセージ(画像の一部を加工しています)
不正・過剰な精神科訪問看護のイメージ
不正・過剰な精神科訪問看護のイメージ
訪問看護ステーションと利用者数の推移
訪問看護ステーションと利用者数の推移
精神障害と発達障害のある男性(手前)が暮らす部屋で相談に乗る訪問看護師の山田祥和さん=2023年11月、神奈川県内
精神障害と発達障害のある男性(手前)が暮らす部屋で相談に乗る訪問看護師の山田祥和さん=2023年11月、神奈川県内
国立看護大学校の萱間真美学校長(本人提供)
国立看護大学校の萱間真美学校長(本人提供)
各地で訪問看護ステーションを展開する大手の会社の実態について証言する男性看護師=2023年12月、神奈川県内
「恵」が訪問看護ステーションを置く名古屋市の「西日本支社」=2023年9月
神奈川県内の男性看護師が以前勤めていた訪問看護大手の会社の内部資料
神奈川県内の男性看護師が、勤めていた訪問看護大手の会社で2021年に上司から受け取ったLINEメッセージ(画像の一部を加工しています)
不正・過剰な精神科訪問看護のイメージ
訪問看護ステーションと利用者数の推移
精神障害と発達障害のある男性(手前)が暮らす部屋で相談に乗る訪問看護師の山田祥和さん=2023年11月、神奈川県内
国立看護大学校の萱間真美学校長(本人提供)

 ▽不正疑いの会社から転職したのに…
 「もう嫌気が差しました」。愛知県内の看護師の女性はうんざりした様子で話す。
 女性は以前、障害者向けグループホームの大手運営会社「恵」(東京)が運営する訪問看護ステーションで働いていた。同社は主に精神、知的障害者を対象に各地で「ふわふわ」といった名前のホームを約100カ所運営。障害福祉や医療の報酬を不正に受け取っていた疑いや、食材費の過大徴収などが明らかになり、問題になっている会社だ。
 女性や複数の元社員らによると、こんな手法が組織的に行われていたという。
(1)「健康管理」などの名目で、ホームの入居者に週3回の訪問看護をほぼ一律に契約させる
(2)1人5分程度の短時間で多数の入居者を巡回
(3)早朝・夜間に訪問したように虚偽の記録を作り、診療報酬の加算を不正請求する
 女性は「障害者を食い物にしている」と我慢できず、精神科の訪問看護を手がける別の会社に転職。ところが、再びがくぜんとした。
 ここでも、自社のグループホーム入居者にほぼ一律に週3回の訪問看護を、必要ない人まで利用させていたからだ。「こっちの会社は、高い報酬を取るため複数人での訪問にする手法でした」。失望し、1カ月ほどで辞めた。
 なお、「恵」はこれまでの取材に「国や自治体の調査を受けており、いずれかの段階で見解を明らかにしたい」としている。
 ▽経営陣の口癖は「数字で判断せよ」
 神奈川県内の男性看護師も愛知県の女性と似たような経験を持つ。各地で訪問看護ステーションを運営する大手の会社に2年前まで勤務。その会社では、会議資料に売り上げや利益率の目標がずらりと並び、目標として「確実に日本1にする」との文言が掲げられていた。男性はこう振り返る。
 「経営陣の口癖は『数字で判断せよ』だった」
 グループ会社が運営する有料老人ホームの入居者を、協力関係にある医師が「うつ病」「統合失調症」などと診断。診療報酬で「30分以上訪問」の区分を効率的に取るため、症状に関係なく会社が「1人当たり35分」と決め、「週3回が目標」と指示を出していた。「会社は利用者のことよりお金もうけが優先で、働けば働くほど違和感が募った」
 ▽参入ハードルは低い
 そもそも、訪問看護とはどんな仕組みになっているのだろうか。
 まず、二つに大きく分かれる。医療保険が適用される場合と、介護保険適用の場合だ。
 65歳以上の高齢者は、末期がんや難病などを除き、基本的に介護保険からお金が出る。医療的ケア児や現役世代は医療保険。精神科の訪問看護も医療保険が適用される。サービスを提供するのは主に訪問看護ステーションで、病院やクリニックもある。
 訪問看護ステーションの参入ハードルは低い。医師などでなくても、法人を設立して看護師らを雇い、条件を満たせば事実上、誰でも開設できる。
 高齢化などに伴い、利用者は年々増えていて、厚生労働省によると2023年現在、約122万人。そのうち医療保険の適用は約48万人で、主な傷病が「精神および行動の障害」という人が約21万人と半分近くを占める。10年間で7倍に増えた。
 精神科の訪問看護ステーションは2022年までの5年間で倍増し、全国に約5300カ所。精神、知的障害者のケアには専門性が求められるが、事業者の中には「グループホームを巡回するだけ」「3年で年商8億円」などとうたい、広告でフランチャイズでの開業を促す例もある。
 ▽眉ひそめる医師
 訪問看護を提供するには、医師の指示が必要なのだが、精神科の訪問看護を巡っては医師からも疑問の声が上がる。
 愛知県内の精神科医は「グループホームと訪問看護を運営する事業者は大体、似たような傾向がある。医療法人でも、ホームと組んで同じようなことをしている例を知っている」と明かす。
 「複数名での訪問指示をお願い致します」
 神奈川県内の精神科医は昨年、そう書かれた文書を受け取った。差出人は、同県内でグループホームと訪問看護を運営する事業者。しかも、そのホーム入居者には既に訪問看護を始めたことになっていて、開始日がさかのぼって書かれていた。
 この精神科医は「訪問看護を指示するかどうかは医師が判断することなのに、事業者のほうで勝手に決めていた。しかも複数人訪問は適さないケースで、おかしい」と眉をひそめる。
 ▽利用者が不正に気付きにくい構造
 通常、医療費には1~3割の自己負担がある。事業者が不正、過大に診療報酬を請求すれば、その分、利用者負担も増えるので、不審な点に気付きやすい。
 だが精神、知的障害者では低収入の人が多い。生活保護の場合は医療費の本人負担はなし。障害者には「自立支援医療」という軽減措置があり、低所得の場合は月の負担が「2500円まで」などと定められている。過剰な医療を受けても懐が痛まない上、障害ゆえに主張できない人もいる。
 ▽全体が悪いわけではない
 ただ、精神障害者らが地域で暮らす上で訪問看護の役割は大きい。
 発達障害と精神障害があり、神奈川県内のグループホームで暮らす30代の男性は「訪問看護師さんが心の支え」と話す。
 週1回訪問を受け、医師に伝えたいことを手紙にまとめるのを手伝ってもらったり、薬のことや生活上の困り事を相談したりしている。「ホームの職員には話しにくいこともあるので、助かってます」と笑顔を見せた。
 この男性が利用する訪問看護ステーション「こころいK」(神奈川県伊勢原市)の管理者、山田祥和(よしかず)さん(48)が説明する。「医療面だけでなく、生活や仕事の面でも利用者を支えるのが私たちの役割。真面目にやっている事業者も多く、『全体が悪い』とは見ないでほしい」
 ▽質の評価や透明性確保が必要
 訪問看護に詳しい国立看護大学校の萱間(かやま)真美学校長に話を聞くと、現状についてこう指摘した。
 「訪問看護ステーションは、身体疾患のある人や高齢者を主な対象にするところと、精神科に特化したタイプで二極化している。精神、知的障害者の地域生活を支える上で精神科訪問看護は重要なサービスだが、一部の悪質な事業者では利用者を囲い込み、地域の関係機関と全く連携しないケースが見られる。それでは、長期入院で社会から隔離する従来の精神医療と同様、当事者は孤立してしまう」
 どのような対策が必要なのだろうか。萱間さんは「看護師が訪問看護の必要度をきちんとアセスメント(評価)し、ケアプランを明確にすること。質の評価や利用者による評価を導入し、透明性を確保するといった対応が必要だと思います」と話した。
 厚生労働省も対策に乗り出す。6月の診療報酬改定で、訪問看護について報酬の取得条件を一部厳しくすることを決めた。
 【取材後記】
 日本の精神医療は世界の中でも入院に偏っていて、精神障害のある人が社会の中で暮らせるよう地域で支える医療へ転換が求められている。だが、そのニーズの高まりに一部の事業者が乗じている状況だ。診療報酬は国民の保険料や税金で賄われていて、不正が広がれば国民負担が必要以上に増えてしまう。
 悪質な事業者だけでなく、協力している医師にも問題がある。行政の監査は不正や過剰な診療報酬請求を見抜くことができておらず、チェック機能の強化も必要だと思う。
 適正な事業者まであおりを受けないようにしつつ、営利優先を助長する広告の規制や参入要件の厳格化、荒稼ぎを防ぐ仕組みを講じてほしい。

いい茶0

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