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保護?駆除?オオカミ論争 スイス、家畜の襲撃急増 EUも規制緩和へ【世界はいま】

 動物愛護の精神が根付くスイスで、オオカミとの共存を巡る議論が盛んだ。一度は国内から姿を消したオオカミを保護した結果、家畜を襲う事例が増加。政府は射殺を容認し、動物保護団体は猛反発する。欧州連合(EU)も保護規制の緩和に動き、風向きが変わりつつある。
 「唯一可能な選択肢は駆除だ」。西部フリブール州で牧畜を営むエリック・バラさんは断言した。牛が襲われれば政府や州が損害を補填するが、食肉や牛乳の生産、繁殖計画など影響は1頭にとどまらない。「オオカミは森で餌を見つけられないと町にも来るだろう」
 スイス政府は昨年6月、明確に襲撃を受けた場合を除きオオカミの射殺を禁じた法律の改正を決定。同12月から被害が出る前の「予防的射殺」が可能になったが、世界自然保護基金(WWF)スイスのブノワ・スタデルマンさんは「何の科学的根拠もない」と批判する。裁判所が射殺差し止めを命じた今年1月までに約40匹が駆除されたという。
 オオカミは19世紀までにスイス国内から姿を消した。ただイタリアに越境していたオオカミが徐々に増え、1995年にスイスに“帰還”。2019年は100匹足らずだったが、23年9月には300匹を超えた。
 動物保護の成功例とされる一方、家畜の襲撃が急増し、05年に4件しかなかった被害は22年には1480件に。古くから語られる残忍な捕食者のイメージと結びつき、脅威と見なされ始めた。
 EU欧州委員会は昨年12月、保護基準の緩和を加盟国に提案した。域内では2万匹以上が生息するとされ、スウェーデンやバルカン半島、イタリア、スペイン北部などに分布する。
 イタリア国境に近いスイス南部バレー州は、オオカミの狩猟の管理を環境当局から治安当局に移した。州のフレデリク・ファーブル治安相は「住民と家畜の安全を保障する措置を取るべき緊急事態だ」と説明する。小型のヒツジなどが標的だったのが、今は牛や馬も襲われるようになった。
 20年実施の国民投票では保護すべきだとの意見が多数だったが、51・9%にとどまった。世論は保護派と駆除派に二分され、都市部と農村部、世代間といった分断が生じやすい状況は今も続く。
 スタデルマンさんとファーブル治安相は共に、極端な考え方を持つ人々から嫌がらせや脅迫を受けるという。立場は異なる2人だが、オオカミの扱いが「過度に政治的、感情的な論争になっている」と口をそろえ、冷静に解決策を話し合う必要性を訴えた。(ジュネーブ共同=畠山卓也)

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