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「世界で最も移民が死ぬ陸路」命の危険を冒してアメリカへの国境を越える移民たち 大統領選争点の背景に世界の難民危機【混沌の超大国2024アメリカ大統領選(2)】

 移民大国アメリカに異変が起きている。米南西部での越境は、メキシコからの出稼ぎ労働者が長年多かったが、2022年以降、中南米全体やアフリカ、アジアなど世界各地から人々が押し寄せる“地球規模化”の傾向が鮮明に。生命の危険をおかしてまでなぜ米国への長旅に足を踏み出すのか。移民が殺到する国境の街を訪ねた。(共同通信ワシントン支局 金友久美子)

ベネズエラから数カ国を歩き続けたチェリッチさん家族=2023年12月、米エルパソ(共同)
ベネズエラから数カ国を歩き続けたチェリッチさん家族=2023年12月、米エルパソ(共同)
米エルパソのシェルターを運営するウィソツァンスキ神父。奥は寄付で集まった衣服=2023年12月(共同)
米エルパソのシェルターを運営するウィソツァンスキ神父。奥は寄付で集まった衣服=2023年12月(共同)
米国に押し寄せる移民の流れ
米国に押し寄せる移民の流れ
国境警備当局が確保した移民の出身国の割合
国境警備当局が確保した移民の出身国の割合
米エルパソのシェルターで取材に答えるベネズエラ人の少女=2023年12月(共同)
米エルパソのシェルターで取材に答えるベネズエラ人の少女=2023年12月(共同)
米エルパソのシェルターで休む移民の親子ら。米国に着いてほっとしたのか表情は比較的明るい=2023年12月(共同)
米エルパソのシェルターで休む移民の親子ら。米国に着いてほっとしたのか表情は比較的明るい=2023年12月(共同)
米エルパソのシェルターで洗濯物を干す女性ら。目と鼻の先に米国とメキシコの国境の壁がある=2023年12月(共同)
米エルパソのシェルターで洗濯物を干す女性ら。目と鼻の先に米国とメキシコの国境の壁がある=2023年12月(共同)
閉じられたゲートに書かれた「国境はない」との落書き。奥には米国の国境の壁が見える=2023年12月、メキシコ・シウダフアレス(共同)
閉じられたゲートに書かれた「国境はない」との落書き。奥には米国の国境の壁が見える=2023年12月、メキシコ・シウダフアレス(共同)
ベネズエラから数カ国を歩き続けたチェリッチさん家族=2023年12月、米エルパソ(共同)
米エルパソのシェルターを運営するウィソツァンスキ神父。奥は寄付で集まった衣服=2023年12月(共同)
米国に押し寄せる移民の流れ
国境警備当局が確保した移民の出身国の割合
米エルパソのシェルターで取材に答えるベネズエラ人の少女=2023年12月(共同)
米エルパソのシェルターで休む移民の親子ら。米国に着いてほっとしたのか表情は比較的明るい=2023年12月(共同)
米エルパソのシェルターで洗濯物を干す女性ら。目と鼻の先に米国とメキシコの国境の壁がある=2023年12月(共同)
閉じられたゲートに書かれた「国境はない」との落書き。奥には米国の国境の壁が見える=2023年12月、メキシコ・シウダフアレス(共同)

 ▽国境沿いの小さなシェルター
 「過去1年ほどで中南米やアフリカ、欧州、アジアなどから45カ国の9千人を受け入れた」
 氷点下近くに冷え込んだ昨年12月27日夜。米南部テキサス州エルパソのメキシコ国境沿いにある住宅街の一角に、カソリック系の移民支援施設「ホーリー・ファミリー・シェルター」はぽつんと建っていた。小さな体育館ほどの室内には簡易ベッドが並べられ、40人ほどが休息をとったり、ボランティアの地元住民らと雑談したりしている。20~40代の家族連れが多く、幼い子どもの姿も目立つ。
 施設を運営し移民を支援する神父のヤロスワフ・ウィソツァンスキさん(62)は「米国に近い地域だけでなく、地球の裏側から海やジャングルを越えてやってくる」と話す。いずれもビザを持たず、徒歩で越境した人々だ。合法的な滞在資格を持つ外国人と区別して「不法移民」「書類のない移民」「許可されていない移民」などと呼ばれる。国境で米警備当局に拘束された後、一時的な保護措置として提携する施設に送られ、滞在している。
 ▽過去最多の摘発数。出身国の内訳に異変
 メキシコやグアテマラ、ホンジュラス、ベネズエラ、コロンビア、エクアドル…。アメリカ大陸へ命がけで北上する人々の多くは中南米出身者だが、このシェルターでは前日にアンゴラ人を受け入れるなど、アフリカ出身者も珍しくない。戦火を逃れたウクライナ人やロシア人ら東欧出身者のほか、インドやパキスタンなどアジアからも中南米の国々を経由してやってくるという。
 統計データも“異変”を裏付ける。南西部で米国境警備当局が身柄を確保した件数は2021年度の173万件から2022年度は239万件に急増。この件数には同一人物が複数回越境し、検挙されているケースも含まれるが、2023年度は248万件と過去最多を更新した。
 内訳をみると、2021年度には隣国メキシコと、その南側の中南米の北部三角地帯と呼ばれるグアテマラ、ホンジュラス、エルサルバドルの3カ国からの越境が8割程度を占めていた。しかし、2022年度になるとベネズエラやキューバ、ニカラグアからの越境数が北部三角地帯を逆転。メキシコや北部三角地帯といった「従来地域」以外からの地域からの流入は2021年度の2割から2023年度には5割と急拡大し、メキシコなどを逆転するに至った。
 ▽「食べ物もなく泣きながら歩き続けた」
 何千キロに及ぶ道中は過酷だ。ベネズエラから夫や2人の子どもとともにやってきたアレハンドラ・メリーナさん(28)は「食べ物も何もなく、1週間泣きながら歩き続けたときもあった」と話す。
 ロイター通信によると、コロンビアとパナマの間の危険なジャングルを渡った移民は2023年に過去最高の52万人に達し、前年の2倍以上となった。その後、多くの場合は、メキシコ南部から北部まで貨物列車に乗り、メキシコと米国の国境沿いを流れるリオグランデ川や砂漠地帯を徒歩で渡ってエルパソなど国境の街にたどり着く。けがや溺死、熱中症といった危険は数えきれず、暴力組織に誘拐されるケースも目立つ。国際移住機関(IOM)は米メキシコ間の国境が「世界中で最も移民が死ぬ陸路」と指摘する。
 ▽政府の抑圧や賄賂要求「いつかは故郷に帰りたいが…」
 それでも人々はやってくる。
 「政府の抑圧がひどく、避難できる場所を探してここまでやってきた」。ベネズエラ西部バルキシメト出身のジェベル・チェリッチさん(39)は昨年10月3日に、妻ロサーナさん(29)や息子マティアスさん(5)らと故郷を出発。パナマやコスタリカ、メキシコなど数カ国を北上し、3カ月かけてエルパソにたどり着いた。「子どもの未来のためにこの道を選んだが、いつかは政府を変えて国に戻りたい」とも話す。
 エルサルバドル出身のエスメラルダ・アントニオさん(43)は「地元ではギャングがかつて活動していた地域に住んでいるというだけで刑務所に入れられそうになった」と明かす。「金を支払えば刑務所に送らないと言われたがそんなお金は手元にない。公正な司法手続きもなければ、弁護してくれる人もいない」。自身は妻子とともに米国へと逃れたが、母親は今も刑務所に入れられているという。
 ▽世界の難民人口は7年で2倍に急増。受け入れ国が危機国に変貌
 超党派の米シンクタンク移民政策研究所は近年の移民急増が「各国の政情不安に加えて、新型コロナウイルス禍からの経済回復の遅れや、暴力のまん延、気候変動の影響によって新たな“常態”になっている」と分析する。
 実際に話を聞いた印象も、迫害などを理由に出身国を逃れた「難民」と呼ぶべきと思われる人が少なくなかった。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によると、世界の難民人口は紛争や迫害により過去7年で2倍に増え、2023年半ばには3640万人に達した。深刻化する難民危機が出身国から周辺国へ、さらに周辺国から労働需要のある米国などへの移動を促している。
 象徴的な難民危機国がベネズエラだ。石油資源に恵まれるベネズエラは以前は周辺各国からの「難民受け入れ国」だった。しかし、政情不安や経済の混乱、治安の悪化によって国内外へ770万人が避難する事態に陥り、いまや中南米最大の難民危機国となった。
 ▽危うい移民大国アメリカ「誰が大統領でもここで人々を支え続ける」
 一方で、米国内では移民政策が11月の大統領選の争点として注目されている。国境沿いの州知事が移民をニューヨークやワシントンにバスで送り込み、排斥につながりかねない危うい空気すら全米に広がってきた。
 バイデン大統領は2021年1月の就任初日、移民受け入れを制限したトランプ前大統領の方針を撤回し、国内に推定1100万人いる不法移民に合法的地位を与えるなどの抜本改革案を当初は推し進めてきた。しかし、議会での法制化はほとんど進まないまま、受け入れを期待した移民が国境に殺到する事態に。混乱を危惧したバイデン政権は、違法な越境の厳罰化と合法的な入国経路拡充を同時に進める「アメとムチ」政策へと軌道修正し、就任時に中止した国境の壁建設をなし崩し的に再開した。
 米紙ウォールストリート・ジャーナルが昨年末に発表した世論調査では、国境警備に関する信頼感でトランプ氏がバイデン氏を30ポイント上回った。今年11月の大統領選に向け、移民政策はバイデン氏のアキレス腱になる恐れがある。
 エルパソで出会った移民家族や支援者らは米政治に話しが及ぶと一様に困った様子で沈黙した。「誰が大統領でもわたしたちはここで人々を支え続ける。米国はきっとこの人道危機を乗り越えられると信じている」。前出の移民支援施設のウィソツァンスキ神父は最後に、祈るようにこう語った。

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