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【世界の街から】心のない愛

 「愛に心がないなんて許せない」―。北京市内のしゃぶしゃぶ店で、楽しく鍋をつついていた香港出身の女性が突然、語気を強めて言った。

北京市内に掲げられた、簡体字で「愛国」と書かれたスローガン(共同)
北京市内に掲げられた、簡体字で「愛国」と書かれたスローガン(共同)

 中国本土と香港で使われる字の違いに話が及んだときのことだ。同じ漢字でも、本土では簡略化した「簡体字」と呼ばれる文字を、香港では画数の多い「繁体字」を使う。本土では識字率向上のため、漢字の画数を減らして簡素化してきた経緯がある。
 香港の知人と通信アプリなどでやりとりする際に、つい簡体字を使うことがある。そんなとき、香港の人たちはどう思っているのだろう。こうした疑問をぶつけると、彼女は少し考えてから「文字に対して敬意がない気がする」と否定的な感想を述べた。そして冒頭のせりふを発したのだった。
 確かに「愛」の簡体字は真ん中の「心」が抜け落ちている。
 中国では若者の失業率が高止まりするなど、景気低迷が続いている。こうした中、政府は米欧を批判したり、台湾統一を訴えたりして国民の愛国心を刺激する傾向が強まっている。
 1月には愛国主義教育法を施行。共産党・政府に従順な愛国主義を子どもたちにも浸透させようとしている。同法は香港の若者に「愛国精神」を植え付けることも義務付けた。香港当局は2019年に反政府デモを主導した若者らを「中国への愛国心が足りない」と見なし、にらみを利かせている。
 しゃぶしゃぶ店で「愛」について語って以来、北京のあちこちに掲げられている愛国に関するスローガンが気になり始めた。そこに“心”はありますか?(北京共同=武隈周防)

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