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芥川賞作品にAIで波紋 新たなツール、共存模索 作家の創造性とは

 第170回芥川賞に決まった九段理江さん(33)の、受賞作に「生成AI(人工知能)の文章を使った」という発言が波紋を広げている。新たなツールとして共存しようとする動きがある一方、文学賞を運営する側には戸惑いも。AIが代替できない作家の創造性とは―。模索が始まっている。

芥川賞に決まり、記者会見する九段理江さん=東京都千代田区
芥川賞に決まり、記者会見する九段理江さん=東京都千代田区
文芸誌に掲載された「東京都同情塔」の主人公とAIが対話する場面
文芸誌に掲載された「東京都同情塔」の主人公とAIが対話する場面
芥川賞に決まり、記者会見する九段理江さん=東京都千代田区
文芸誌に掲載された「東京都同情塔」の主人公とAIが対話する場面

 受賞作「東京都同情塔」は、生成AIが浸透した近未来の東京が舞台。九段さんは会見で「全体の5%くらいは生成AIの文章をそのまま使っている」と述べた。
 選考委員を務める作家の吉田修一さんは、講評で「(選考会で)AIの話はほぼ出なかった。登場人物の一人として受け入れられているのかもしれない」と語ったが、交流サイト(SNS)上には賛否の双方の声が渦巻き、米CNNテレビ電子版が報じるなどニュースは海外にも広がった。
 小説には、チャットGPTを思わせる「AI―built」が主人公の問いに答える場面がある。九段さんは取材に対し、その返答部分にのみAIの文章を反映させたと説明。「部分的に借用はしたが、文章の流れを損なわないように適宜改変した。読み返すと単行本の1ページ分にも満たないので『盛り過ぎた発言』だった」としている。
 あるベテラン編集者は、受賞作に問題があるわけではないとした上で、今後の新人賞の募集規定に影響が出るとの見方を示す。「参考文献と同様に、前もって知らせてほしいという思いはある。現実的に見破れないし、後で知るともやもやする読者もいるだろうから」
 AIが主題になることも多いSF分野では、いち早く対応が始まっている。「星新一賞」は、生成AIの利用を巡り募集要項に詳細なルールを制定。AIが生成した文章をそのまま利用せずに加筆・修正することや、その前後の記録を残すことなどを求めている。
 一方、「構成やテーマの着想をAIから得ることは既に多くの作家がやっている」と語るのは文芸評論家の岡和田晃さんだ。九段さんが会見で「生成AIを駆使して書いた」と述べたのはむしろその側面が強いとみる。
 「今はまだAIの文章をそのまま並べても優れた小説にならないが、今後議論すべきは作家の創造性がAIに取って代わられるかどうかではないか」。その上で、AIが学習を苦手とする分野として「倫理」を挙げる。「子どもが成長しながら自然に学ぶ人間性の機微はAIには学習しづらく、踏み込んだ倫理観を問う作品は書きづらい」
 受賞作は、人間と言葉の関係を軸に、既存の倫理観の先にあるものを見据えようとする内容だった。九段さんは言う。「AIが人間をまねして上等な文章を書けるようになったとしても、自分で書きたい。その欲望が尽きることはないです」
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 生成AI インターネット上にある大量のデータを学習し、利用者の指示で文章や画像などを作り出す人工知能(AI)。米新興企業オープンAIが開発した対話型AI「チャットGPT」がよく知られている。専門知識がなくても、感想文やイラストを手軽に作成できる。利用者が急増する一方、偽情報の流布に悪用されたり、知的財産権を侵害したりする懸念があり、ルール作りの議論が進んでいる。

 「東京都同情塔」 建築家ザハ・ハディドによる国立競技場が存在する、五輪開催後の架空の東京が舞台。建築家の牧名沙羅は「同情されるべき人々」と呼ばれるようになった犯罪者を収容し、快適に住まわせるための高層の刑務所タワー「シンパシータワートーキョー」の設計を請け負う。生成AIとの対話の場面では、質問したり悪態をついたりする沙羅に対し、AIは淡々と、時に諭すように回答する。

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