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「川崎病の薬が足りない」放置すれば子どもたちを救えない 対策の決め手は「献血」だが…

 東京・多摩地域で小児医療の中核となっている東京都立小児総合医療センター。年間、約100人の川崎病患者を診療している。心臓に冠動脈瘤ができると心筋梗塞につながる恐れがある病気で、治療の鍵は早期の診断と血液製剤「免疫グロブリン製剤」の投与だ。

インタビューに答える三浦大さん=2023年12月、都立小児総合医療センター
インタビューに答える三浦大さん=2023年12月、都立小児総合医療センター
免疫グロブリン製材の供給量推移
免疫グロブリン製材の供給量推移
薬剤科の担当者と話し合う三浦大さん
薬剤科の担当者と話し合う三浦大さん
「川崎病の子供をもつ親の会」の浅井幸子代表
「川崎病の子供をもつ親の会」の浅井幸子代表
日本赤十字社=東京都港区、2011年撮影
日本赤十字社=東京都港区、2011年撮影
インタビューに答える三浦大さん=2023年12月、都立小児総合医療センター
免疫グロブリン製材の供給量推移
薬剤科の担当者と話し合う三浦大さん
「川崎病の子供をもつ親の会」の浅井幸子代表
日本赤十字社=東京都港区、2011年撮影

 昨年夏ごろ、副院長の三浦大さんの元へ、こんな連絡が届き始めた。
 「免疫グロブリンが足りない」
 病院によっては、薬が不足して治療できないところが出始めていた。このためセンターでは数人の川崎病患者の転院を受け入れた。日本川崎病学会も医療機関の連携強化を求める声明を発出。それを受けた三浦さんが昨年11月に調査を実施すると、関東4都県の29病院のうち、6病院では製剤不足による転院例があるなど、治療に支障が出ていることが分かった。
 川崎病治療の命綱ともいえる免疫グロブリンが不足している。しかも、国内だけでなく、世界的に足りないという。医療の現場で何が起きているのか。そして、対策はあるのか。(共同通信=細川このみ)
 ▽「薬の追加投与を調整」
 川崎病は全身の血管に炎症が起きてさまざまな症状が出る病気で、原因は分かっていない。主な症状は38度以上の高熱、両目の充血、イチゴに似た舌の腫れ、発疹などだ。4歳児以下での発症が多く、患者数は2019年には約1万7千人と過去最多水準だったが、新型コロナウイルスの影響を受けてか、22年は約1万人だった。
 治療に使われる免疫グロブリンは、人の血液から作り出された医薬品で、「血漿分画製剤」と呼ばれる血液製剤の一つ。川崎病の急性期治療のほか、重症感染症や免疫機能低下の際に使われる。
 免疫グロブリンの不足を受け、三浦さんは対応に追われた。
 薬の調達を担当する薬剤科に掛け合い、常にグロブリン製剤の在庫をモニタリングするようになった。以前は、製剤を投与しても十分な効果が見えない患者には追加投与する例が多かったが、7月からは別の薬に変えるなどして対応。
 今後、さらに不足が深刻化した場合は、重症度に応じて投与量を調整することも考えられるという。
 三浦さんが調査した結果、東京、神奈川、栃木、埼玉の29病院のうち、製剤不足に関する患者対応について「他に転院させたことがある」(6病院)、「転院を受けたことがある」(10病院)、「今後、転院の可能性がある」(7病院)などの回答が寄せられた。
 三浦さんは連携の必要性を指摘する。「医療機関における製剤の適正使用と、地域の病院同士の連携が重要になっている」
 ▽「使用量が10年で1・5倍に」原因は
 免疫グロブリンが不足している大きな要因は「適用疾患の拡大」とされている。
 近年、神経疾患のギラン・バレー症候群や慢性炎症性脱髄性多発神経炎(CIDP)など、幅広く治療に使われるようになった。厚生労働省研究班の調査では、国内の使用量は2010年からの10年間で1・5倍に急増。成人の治療では、濃度の高い製剤が継続的に必要になることもあり、需要増の一因となっている。
 血液製剤の難しさは、簡単に輸入に頼れないところにある。
 国は血液法により、血液製剤の国内自給を基本理念としている。免疫グロブリン製剤もこれまでほぼ国内自給を達成していたが、2019年には使用量急増に生産が追いつかず、緊急輸入を実施した。その後、状況はいったん落ち着いたが、2023年春ごろから新型コロナウイルスの制限緩和で受診控えが減ったことが影響し、再び需要が急増。国内販売する全4社の製剤が限定出荷となり、医療現場にも影響が出始めた。厚労省によると、血液製剤を製造できる国内企業が限られ、急な増産が難しい。2023年12月、厚労省は23年度中の輸入量を1・4倍に増やすと計画変更した。
 患者側にも動揺が広がっている。「川崎病の子供をもつ親の会」の浅井幸子代表によると「製剤を投与してもらえなかったが後遺症は大丈夫だろうか」「年明けまで在庫がないと言われた」などの相談が数件あった。浅井代表は患者や家族の気持ちをこう語る。
 「薬がないと言われると親はパニックになる。早く供給が安定してほしい」
 日本川崎病学会も、病院内の診療科で製剤を融通し合うなどして治療環境を維持するよう、2023年10月に注意喚起の声明を出した。高橋啓理事長は、今後大量購入などで在庫を抱え込む病院があれば、製剤が行き渡らない病院や地域が出てしまうと心配する。「製剤の不均衡が起きないよう学会としても状況を注視したい」
 ▽献血が重要、でも若い世代で減少
 一方で、輸入量を増やせば解決するわけではなさそうだ。厚生労働省研究班によると、免疫グロブリンの不足は世界で深刻化している。欧州は、血液の成分である血漿の輸入の多くを米国からの輸入に頼っていたが、国内自給政策に力を入れ始めている。また、オーストラリアやカナダなどでも、血漿の世界的不足による価格高騰を懸念し、製剤の適正使用や国内自給体制の構築を急いでいるという。
 議論は厚生労働省の血液事業部会などでもされている。有識者からは危機感を訴える声が相次いだ。
 「国内自給をどう守っていくか議論が必要」
 「国外に頼っていくと、本当に必要なときにグロブリン製剤が手に入るのかといった安定供給上の脅威もある」
 国内自給の柱となるのが、献血だ。
 日本赤十字社によると、2022年度の献血者数は約501万人。献血量と献血者数は近年増加傾向にある一方で、10代~30代の若い世代では、献血者数はこの10年で約3割減少している。三浦副院長は、免疫グロブリンの需要は今後もさらに増えると予測し、献血の重要性を強調している。
 「免疫グロブリンは血液からしか作ることができない点が他の医薬品と大きく異なる。献血の重要性を理解してもらい、献血者数を増やす地道な努力が欠かせない」

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