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日本と韓国は「#MeToo」運動でどう変わった? 女性の権利が向上、一方で激しい「バックラッシュ」も

 日本と韓国に共通する課題の一つが、男女平等だ。

2019年3月、ソウル市内で女性の権利向上を訴える、フェミスト団体の大学生たち(聯合=共同)
2019年3月、ソウル市内で女性の権利向上を訴える、フェミスト団体の大学生たち(聯合=共同)
インタビューに答える申☆(王ヘンに其)栄・お茶の水女子大教授
インタビューに答える申☆(王ヘンに其)栄・お茶の水女子大教授
ジャーナリストの伊藤詩織氏=2023年11月、東京都内
ジャーナリストの伊藤詩織氏=2023年11月、東京都内
小説「僕の狂ったフェミ彼女」の著者、ミン・ジヒョン氏=本人提供
小説「僕の狂ったフェミ彼女」の著者、ミン・ジヒョン氏=本人提供
2019年3月、ソウル市内で女性の権利向上を訴える、フェミスト団体の大学生たち(聯合=共同)
インタビューに答える申☆(王ヘンに其)栄・お茶の水女子大教授
ジャーナリストの伊藤詩織氏=2023年11月、東京都内
小説「僕の狂ったフェミ彼女」の著者、ミン・ジヒョン氏=本人提供

 スイスのシンクタンク、世界経済フォーラムによる「男女格差報告」が、各国の男女平等を評価して算出している「ジェンダー・ギャップ(男女格差)指数」の2023年版では、調査対象となった146カ国のうち、韓国は105位、日本は過去最低の125位と、いずれも低い水準にある。
 そうした社会のあり方に女性たちが声を上げたのが、2017年の「#MeToo」運動だった。性被害の告発が相次ぎ、女性の権利向上を求めるフェミニズム運動が盛り上がりを見せた。それから6年。「#MeToo」運動によって、日韓の社会はどう変化したのだろうか。運動の当事者や支えてきた日韓の女性たちに話を聞いた(敬称略、共同通信=佐藤大介)
 ▽日本:変わらない「社内の根幹」
 「#MeToo」運動は、米映画界の大物プロデューサーによるセクハラ問題が2017年に報じられたのを機に、女性たちが性被害に立ち向かう合い言葉として、世界的に広がった。
 日本で中心的な役割を担ったのが、ジャーナリストの伊藤詩織だ。伊藤は2017年に自らが受けた性被害を実名で訴え、共感と支援の輪が広がり、日本での「#MeToo運動」の機運を高めた。
 「メディアの扱い方を含めて性被害に対する社会の認識が変わり、経験を語れる雰囲気ができたことは大きい」。伊藤は、この間の変化をそう振り返る。
 だが、ジャニーズ事務所(当時)創業者のジャニー喜多川(2019年死去)による性加害の問題では、多くの国内メディアが沈黙してきたことも批判を浴びた。英BBC放送のドキュメンタリー番組をきっかけに、問題追及の動きが本格化したことからも、伊藤は「海外の圧力がないと変わらない現実に、社会の根幹は変わっていないと実感した」と話す。
 伊藤は告発後、インターネット上で「売名」「ハニートラップ」といった攻撃を受けた。被害者を再び傷つける「セカンドレイプ」をなくすために民事訴訟を起こし、投稿者側への賠償命令も出ているが、今も「交流サイト(SNS)などを見るのに恐怖を感じる」という。
 「行動への批判はあっていいと思うが、攻撃や中傷では対話が成立しない。そこからは何も生まれない」。伊藤は、言葉に力を込めた。
 ▽韓国:男性から巻き起こる「逆差別」の声
 韓国でも2018年、女性検事が検察幹部の男性からセクハラを受けたことを公表し、「#MeToo運動」の先駆けとなった。女性検事は伊藤とも交流したが、こうした動きに触発されたのが、小説家のミン・ジヒョンだ。
 韓国社会の男女観などをテーマにした2019年のデビュー作「僕の狂ったフェミ彼女」は話題となり、2022年には日本語版も発売された。ミンはこの年、伊藤の性被害が民事訴訟で認められたことで「つらいことでも勇気を持って告発すれば、社会を少しでも変えることができる」と、気持ちを新たにしたと振り返る。
 ミンが韓国社会に見るのは「男女に関係なく、青年が生きづらさを抱えている社会の姿」。作品では、恋愛関係を軸に、女性の置かれている立場の弱さを描いたが、発表後に直面したのは、男性を中心としたフェミニズムへの攻撃だった。
 韓国では、20代~30代の男性を中心に「フェミニスト」は相手をさげすむ言葉として用いられ、ショートヘアの女性をフェミニストと断定し、ネット上で攻撃するほか、暴力事件も起きている。
 ミンは現状をこう推測している。「フェミニズムに対して若い男性の相当数が反発し、逆に女性からも同じくらい多くの支持があるのではないか」
 性被害の告発について、ミンは「女性たちが我慢することで維持されてきた、偽りの安定を打ち破ること」と受け止める。女性の権利向上は、格差を生み出す社会構造の是正につながると考えるが、男性からは「逆差別だ」との声が絶えない。そこからは、社会に広がる男女の分断という現実が浮かび上がる。
 ▽声を上げる
 「#MeToo運動」が広がった後も、日韓は世界経済フォーラムの「男女格差報告」(ジェンダー・ギャップ指数)で100位以下にあるように、政治や経済分野を中心として女性の進出が遅れている。また、韓国では保守派を中心に、フェミニズムに対するバックラッシュ(反動)も深刻だ。
 韓国での状況について、韓国女性政策研究院の副研究委員、金源貞は「性暴力やハラスメントの問題に対する社会の認識は大きく変化した」と評価する一方、男女で賃金や昇進が異なるといった不平等の問題は「非正規労働者や中小企業の直面する格差ほどの注目を集めず、改善の動きが鈍い」と指摘する。
 また、大統領の尹錫悦による保守政権下では、女性政策の研究や推進が「非常に難しい時期になっている」と言う。
 韓国の動きは、日本から見てどう映るのか。
 伊藤詩織と行動を共にしてきたフォトジャーナリストの安田菜津紀は「反動もあるが、社会に進歩する力があることも示されている。声を上げることの意義が広く理解されていない日本社会と、土台の違いを感じる」と話す。
 女性と男性が対等な社会を築くことは、人権の問題でもある。その価値観を、どう共有していくか。安田は、こう言葉を続けた。「投げられたボールを受け止め、解決していくことは社会の責任だ」
 ▽日本は「アップデート正念場」
 「#MeToo運動」後の日韓社会についてどう見るか。両国のフェミニズムに詳しいお茶の水大の申☆(王ヘンに其)栄教授に聞いた。
 「#MeToo運動が広まるきっかけとなった性被害の告発について、社会の受け止めに、日本と韓国では大きな違いがあった。日本では伊藤詩織さんの告発に対し、メディアを中心に、当初は真剣に捉えていなかった。一方、韓国では女性検事の告発は大きく報道され、一気に反響と女性検事への支持が広がった。
 この背景にあるのは、社会的な不正に対する意識の違いだ。韓国では民主化運動の経験もあり、権力を持つ者の不正に人々があらがうことは肯定的に受け入れられている。しかし、日本では社会が共有している抵抗のストーリーが薄い。
 伊藤さんの問題は海外でも報道されたことで広く知られるようになった。その後、性被害に対する社会の認識は変わっていったが、旧ジャニーズ事務所の性加害問題は、巨大組織の中にハラスメントが常態化していた実態を露呈した。これを機に社会がアップデートできるか、日本は正念場にあると言える。
 韓国は#MeToo運動が急速に拡大したが、2020年に朴元淳ソウル市長(当時)がセクハラ被害を訴えられた後に自殺したことで、雰囲気が変わった。被害を訴えた女性への批判も起き、そうした動きを保守陣営が利用することで、フェミニズムに対する反動が大きくなったと言える。
 尹錫悦政権はフェミニズムに後ろ向きの姿勢で、そこに乗っかって20代~30代の男性は反動を強める。中高年の男性も、これまでの社会の仕組みを積極的に変えたくなく、静かに便乗する。若者世代を中心とした男女の分断によって、韓国の政治や社会は先行きが一層読めなくなっている。
 #MeToo運動やフェミニズムが訴えてきたのは、社会的少数者や弱者の権利が守られる社会への変革である。日韓が男女格差で国際的に低い水準にあるのは、これまでのシステムの中で力を持った男性たちが、ジェンダー平等に否定的なことによる。だが、人権意識が欠如したままでは世界に取り残されてしまう。
 韓国は政権によって政策が大きく変わる。日本はスピードは緩やかだが、若い世代が確実に社会を変えてきている。日韓がジェンダーの問題で互いに影響を与え、前に進むことが重要だ」
   ×   ×
 シン・キヨン 1969年韓国・釜山生まれ。専門はジェンダーと政治。米ワシントン大で博士号。女性の政治リーダーを養成する一般社団法人「パリテ・アカデミー」共同代表

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