ヤブツバキ 枯れ野に生える紅赤の大輪【しずおかに生きる植物 冬①】
西南日本は温帯域に当たり、常緑広葉樹の世界である。温暖で降水量に恵まれ、樹木は冬でさえ緑葉を付けたまま光合成を営む。このエリアは朝鮮半島南部、中国南部、台湾、さらに西へヒマラヤへと続く植生帯で照葉樹帯とも呼ばれる。この地域のわが国の代表種はヤブツバキである。同属のチャノキの自生地、栽培地と見ると分かりやすい。
ヤブツバキの葉は深緑で厚く光沢がある。これはもっぱら夏の強い日差しから身を守る戦術。葉の表面をクチクラ層と呼ばれる保護膜で包み、水分の発散を防ぐ。同じくシイ類、アラカシ、アカガシなどのカシ類、タブノキ、ヤブニッケイ、ヤツデなども光沢のある葉で照葉樹の名にふさわしい。
ヤブツバキは冬に紅赤の大きな花を咲かせ、ヒヨドリやメジロを引きつけ、蜜を用意して花粉を運んでもらう。虫の少ない冬に鳥との独占契約を結ぶ確かな子孫繁栄の作戦である。鳥の目に赤は最も目立つ色。鳥媒花には赤く大きな花が多いのもうなずける。
照葉低木のヤブツバキは古くから繁栄のご神木、商家の庭では好まれる。しかし、武家では花がぽとりと落ちるさまが、首が落ちるのに似て縁起が悪いとされたという。材は堅く印材、将棋の駒、木灰は紫色の媒染剤に、種子からはつばき油が採れる。貴重で有用な木である。
ツバキはE・ケンペルがヨーロッパに紹介した。18世紀初頭に移入され、「日本のバラ」と好まれた。同地は緯度が高く冬は枯れ野の世界。赤く大きな花と深緑の葉は人気を博し、ヴェルディのオペラ「椿姫」の旋律はあまりにも美しい。
寒さの中、たくましく花咲くヤブツバキを眺めながらの散策はお勧めである。
藪椿しづかに芯のともりゐる 吉岡禅寺洞
(文と写真・菅原久夫=富士山自然誌研究会長、長泉町)