テーマ : 医療・健康

「あすはわが身」 謙虚に【アラ還 2人の がん奮闘記⑨】

 最後の点滴を終えた5月の夕方。恒例のうな重を食べた後、突然、弘美は私に頭を下げた。「やっと終わりました。この半年、検査、手術、抗がん剤と続いて一人じゃ乗り越えられなかった。助けてくれて本当にありがとう。感謝し切れない」。うっすらと目に涙が浮かんでいる。私は言葉に詰まってしまった。

イラスト・ふじのきのみ
イラスト・ふじのきのみ

 正直に言えば、私にもきつい半年間だった。3週間に1度の付き添いが自分の仕事とぶつかった時は、徹夜して仕上げた。彼女が検査を受けている間、病院の中庭で仕事の連絡をしながら「友人とはいえ他人だ。いつまでこの世話が続くのか?」と気分が暗くなったことも。退院直後に弘美がわが家で過ごした数日間、普段の生活空間に他人がいることが息苦しくて「早く帰ってもらいたい」と、内心ため息をついていた。
 だが、半年の治療を終えた今、私の本音は「大変だったけど、貴重な体験だった。役に立ててうれしいよ」に変化していた。私の言葉に弘美はにっこりと笑い、言った。
 「いつもの点滴前、手足に保冷剤を巻き付けてもらいながら、『もし立場が逆だったら、私はこんなに世話ができるか?』と思ったことがある。ごめんね、助けてもらいながら、こんなこと言って。でも、副作用がだんだん強くなって動くのがつらくなった時、『今は甘えよう。後の人生のどこかで必ず恩返しをする』って決めた。感謝は忘れないよ」
 そうか、弘美も葛藤していたんだ。この半年で学んだのは、「助ける時は謙虚に、助けてもらう時は感謝を忘れずに」ということだ。おひとり様の助け合いは、他人同士だけに「あすはわが身」という謙虚さが重要。不思議なもので、どこかに「助けてやっている」という気持ちがあると、何となく相手に伝わるのだ。
 外に出たら夜風が心地良かった。弘美は空を見上げて「満月だよ。何だか世の中の全てが美しく見えるなあ」と言った。
 (藍田紗らら・ライター)

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