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時論(10月8日)老いには大きな意味がある

 生物学者、小林武彦さんの近著「なぜヒトだけが老いるのか」(講談社)によると、野生の生き物は基本的に老化せず、生殖能力を失えば、いわゆる「ピンピンコロリ」。生物学的に見れば、人生の40%は「老後」なのだそうだ。
 そして、この長い老後は進化の過程で、ヒトが「獲得」したものだと説く。ここで興味深かったのが、本の中で紹介される「おばあちゃん仮説」だ。
 生後間もないゴリラは母親の体毛をつかんでしがみつくことができ、母親は両手を自由に使えるが、長い体毛を失ったヒトは赤ちゃんを両手で抱っこしなければならない。そこで、手間がかかる子育ての“救世主”であるおばあちゃんが元気で長生きな家族ほど、子だくさんになり、進化的に有利だったという。
 小林さんとは、三島市の国立遺伝学研究所の縁で時々お会いする。研究成果や学説の核心部分を分かりやすく、説得力のある言葉で語ってくれる、とてもユーモアのある方だ。同書で小林さんは、現代のシニアも積み重ねた人生があるからこその経験値の大きさを生かし、「公共的に生きてみては」と提案する。一つの道しるべを得たような気がした。
 熱海市を仕事の拠点とし、7月に90歳で亡くなった作家の森村誠一さん。晩年まで精力的に書き、語り、事あるごとに「余生ではなく誉生を」と呼びかけた。80代になって老人性うつ病や認知症に苦しんだが、再び執筆できるまでに回復すると、闘病体験や老いを生きる心を著作で率直につづった。
 「誰かの役に立つことは、心の筋肉を動かす」の言葉は特に印象深い。老いには大きな意味があると実感せずにはいられない。
(論説委員・川内十郎)

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