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寂しいけれど温かい【しずおか連詩の会2023 私のはじめての詩集③歌人・岡野大嗣さん】

 「パン屋のパンセ」(2010年、六花書林)=写真=は熱海市生まれの歌人杉崎恒夫さん(1919~2009年)の第2歌集。所属する歌人集団「かばんの会」の井辻朱美さん、高柳蕗子さんが選歌と編集を行い、杉崎さんの一周忌に合わせて発刊した。戦後から長年勤めた東京天文台(現・国立天文台)を定年退職した後の70、80代で創作した短歌を収録。

パン屋のパンセ
パン屋のパンセ
岡野大嗣さん
岡野大嗣さん
パン屋のパンセ
岡野大嗣さん

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 おすすめを一冊紹介してほしいと言われたときには必ずこの歌集を挙げています。読みやすく、何度も読んでみたくなる。杉崎さんの歌は、ビートルズの楽曲のよう。わかりやすさ、大衆性と心情によって受け取り方が変わる深さを両立している。ちょっと寂しくて、ちょっと温かい。それでいてユーモアがあるし、絶望していない。歌集ですが、詩を縁遠く感じる人にとっての初めての詩集としてもぴったりです。
 「バゲットを一本抱いて帰るみちバゲットはほとんど祈りにちかい」「濁音を持たないゆえに風の日のモンシロチョウは飛ばされやすい」など、年齢を重ねてから作ったとは思えない言葉のみずみずしさ。歌人としてのデビューが遅かった自分も勇気づけられます。誰もがわかる言葉で、みんなが言葉にしていなかった感情を表現してくれる。「日の暮れはわれを異国の人にするたった一駅はなれた街で」のように、普通の言葉が並びながら心を揺さぶってくる、そんな歌がたくさんあります。
 「創作活動を行えるのは『選ばれし人』だけ」というイメージを持って、気後れしていた頃がありました。でも、杉崎さんの歌は全部日常から生まれている。歌のための言葉ではなく、日常の言葉を使っている。「パン屋のパンセ」と出合い「創作者は違う地平を見ているわけじゃない。自分が生きている世界をちゃんと見て書けばいいんだ」と考え直し、歌人の道を行くきっかけになりました。今でも尊敬の対象で、「後継者になりたい」とすら思っています。
 (談)

 おかの・だいじ 1980年生まれ。歌集に「音楽」「たやすみなさい」「サイレンと犀」、共著に谷川俊太郎、木下龍也との詩と短歌の連詩「今日は誰にも愛されたかった」など。今年4月からNHK・Eテレ「NHK短歌」選者。

 来月、三島で開催
 2023年の「しずおか連詩の会」(県文化財団など主催、静岡新聞社・静岡放送共催)は11月9~11日に三島市内で創作を行う。参加者は野村喜和夫さん(詩人・本紙読者文芸選者)、田原[でんげん]さん(詩人)、岡野大嗣さん(歌人)、文月悠光さん(詩人)、小野絵里華さん(詩人)。発表会は12日午後2時から同市民文化会館で。入場料は1000円。問い合わせはグランシップチケットセンター<電054(289)9000>へ。

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